2026年6月3日、サンタモニカ。Sunoが4億ドル超の資金調達と評価額54億ドルを発表したのと同じ日、その発表の場となったホテルの上空を、一機の小型飛行機が旋回していた。機体が引くバナーには「SAY NO TO SUNO」の文字。


何が起きたか

6月3日、カリフォルニア州サンタモニカのホテル「Shutters on the Beach」でUBS主催の「AI in Entertainment Summit」が開催された。Suno CEO Mikey Shulman氏が登壇者の一人として名を連ねていた。

そのサミットが開催されている最中、2機の飛行機が上空を飛び回った。1機目のバナーは「SAY NO TO SUNO」、2機目は「STEALING MUSIC IS BAD KARMA(音楽を盗むことは因果応報だ)」。地上でも、トラックに積まれた複数の移動式ビルボードが会場周辺を走り回り、「Say NO to Suno!」および「$5 billion for Mikey. Nothing for artists.(ミキーに50億ドル。アーティストには何もない)」というメッセージを掲げた。

この抗議行動は、アーティスト権利擁護団体「Human Artistry Campaign(THAC)」が主催したものだ。The Trichordist(音楽技術・権利に関するブログ)が現地の写真とともに報告した。

同日、SunoはシリーズDで4億ドル超を調達し、評価額が54億ドルに達したと発表。Shulman CEOはサミットの壇上でWarner Music Group CEOのRobert Kyncl氏と並んで登壇した。


「Say No To Suno」とは何だったか

「Say No To Suno」というスローガンは今年2月に登場した。ソングライターの権利擁護者Helienne Lindvall氏やアーティスト権利活動家David Lowery氏などが署名したオープンレターのタイトルとして、最初に公開された。

そのレターは、Sunoを「アーティストの作品を無断で使用したAIプラットフォームによる、図々しい強奪(brazen smash and grab)」と表現し、「音楽の宝庫全体を乗っ取り、プラットフォームをAIの産廃で氾濫させ、その元になった正当なアーティストのロイヤルティプールを薄める行為だ」と述べた。

今回の抗議を実施したTHACは2023年のSXSWでスタートし、現在70以上の団体・個人が参加。RIAA(アメリカレコード協会)も設立メンバーの一つで、UMG・Sony Music・Warner Music Groupの3大メジャーを代表している。RIAAは2024年6月、Suno(およびUdio)を著作権の大量侵害として提訴した当事者でもある。


「50億ドルのお祝い」と上空の抗議

この光景が特異なのは、タイミングと場所の一致だ。

Sunoの評価額倍増を発表するその日、その発表の場の真上に「盗むな」という文字が飛んでいた。

Trichordistはこの抗議について、音楽の著作権問題だけに留まらない視点を提示している。AIインフラ建設(データセンター、送電線、水利用)に反対する地域住民の動きと、アーティストの権利運動を「同じ現象の別の表れ」として接続しているのだ。大企業が経済的利益を集中させる一方で、コストをクリエイター・労働者・納税者・地域コミュニティに分散させる構造、という読み方である。


論点・異なる見方

THAC側の主張

「技術そのものへの反対ではない。問いは、イノベーションが同意・補償・説明責任の放棄を必要とするかどうかだ」——これがTrichordistを通じてTHACが発信したメッセージだ。54億ドルという評価額は、人間の音楽が巨大な価値を持つことの証明でもある、という逆説的な指摘もある。

Suno・投資家側の現実

一方、Sunoの調達の成功は紛れもない事実だ。Bond Capital主導のもとIVP、Forerunner、Union Square Venturesといった著名VCが資金を投入した。Warner Music Groupはすでに和解・ライセンス契約を結んでおり、Shulman CEOは「今後数ヶ月で、音楽業界との協力で開発した最初の音楽モデルを展開し始める」と発言している。抗議が上空を飛ぶ一方で、壇上ではWarner CEOとSuno CEOが並んで対話していた。

訴訟の現状

UMGとSony Musicとの訴訟は継続中だ。先月、両社は訴訟対象楽曲を560点から61,026点超に拡大する申し立てを行っている。Warnerの和解が「解決可能」の前例になる一方で、UMGとSonyの姿勢は変わっていない。


今後どう展開しそうか

THACの抗議行動がSunoのビジネスに直接の影響を与えるかどうかは、現時点では不明だ。4億ドルの資金と200万人超の有料ユーザーを持つSunoに対して、空中のバナーが事業の向きを変える可能性は低いだろう。

ただ、この抗議がAI音楽論争の「可視化」として機能したことは確かだ。The Trichordistの記事はGetty Imagesによる写真付きで世界に配信された。「$5 billion for Mikey. Nothing for artists.」というメッセージは、投資家コミュニティの外側に対しても、この問題の対立構造をシンプルな言葉で伝えている。

UMG・Sony訴訟の行方と、Sunoが約束した「業界との共同モデル」の実態——この二つが今後の論点になる。


作り手・聴き手への示唆

AI音楽ツールを使っている人にとって、この抗議は無視してよいものではないと思う。飛行機を飛ばすコストをかけてでも伝えたいことがある、という人たちがいる現実は、技術の使い方をめぐる問いの重さを物語っている。

一方で、Rezとしては、この抗議を「AI音楽は悪だ」という結論に直結させるつもりはない。問われているのは、ツールそのものではなく、その開発・展開プロセスにおいて誰の声がどれだけ反映されているか、だ。「音楽を作るためのツールが変わること」と「その変化が誰かの犠牲の上に成り立っていること」は、本来切り離して議論できる。

空から言葉が降ってくる光景は、その問いがまだ解決していないことを、視覚的に示している。


ソース