インド最古のレコードレーベルSaregamaが、AIを使って1960〜70年代のボリウッド楽曲に映像を付与する計画を進めている。8月4日(火)に行われたQ1決算説明会で、同社のマネージングディレクター・Vikram Mehraが明らかにした。

何が起きたか

Saregamaは1901年創業(当時の前身)、RP-Sanjiv Goenkaグループ傘下のレーベルで、約18万曲のカタログを持つ。YouTubeの公式チャンネル「Saregama Music」は約6,400万人のサブスクライバーを持つ。

Mehraが説明した問題は構造的なものだ。Saregamaはかつての映画音楽について、楽曲の録音権と作曲権を保有している。だが当時、ミュージックビデオの権利は「市場がなかった」として音楽レーベルには売られなかった。映像はフィルム会社の手元に残ったままだ。

「その楽曲に関連するすべての権利を持っている。ただし、オリジナルのミュージックビデオの権利を除いては」(Vikram Mehra)

新たにスタジオ撮影することも現実的ではなかった。出演俳優や監督はすでに存在しない場合もある。経済的にも見合わない。

そこへAIが入ってくる。Mehraによれば、AIを使えば「非常にリアルに近い」映像を「非常に低コスト」で制作できる。1本あたりINR 70,000——約740ドル程度で作れる可能性があるとした。

対象を世代別に分けた戦略も示された。Gen Xに対しては「オリジナル音源にそのまま、より現代的な映像をつける」。Gen Zに対しては「編曲を変えながら作曲の骨格は維持し、新映像も付与する」方針だ。

なぜこれが重要か

この話の面白さは、AIが「新しいものを作る」ためではなく、「埋められなかった空白を補完する」用途で使われている点にある。

Saregamaが抱える問題——音楽の権利は持っているが映像がない——は同社にしかない特殊な条件だ。Mehraは「他の競合はみんなもっと新しいレーベルだから、同じ問題は持っていない」と言い切っている。100年以上の歴史があるからこそ発生した構造的な空白を、AIが初めて経済的に埋められる可能性を開いた。

映像のある楽曲とない楽曲の差はYouTubeでの再生数に直結する。6,400万人の登録者を抱えるチャンネルにとって、それは小さくない数字だ。

論点・異なる見方

ひとつの皮肉は、Mehraが5月に「ストリーミング各社はAI生成音楽に価値を与えるべきではない」と発言していた人物であるという点だ。「ライセンスを受けたイノベーションは支持する。無許諾での搾取とは戦い続ける」というのがSaregamaの公式スタンスで、決算説明会でも改めてそう表明した。

自社がAIで映像を生成することは「ライセンスを受けたイノベーション」側に分類される、ということになる。この区別の線引きを業界がどこで引くかは、今まさに問われている問いだ。

生成されたAI映像が「オリジナルアーティストの意図に沿っているか」という問いも避けられない。楽曲制作に関わった作曲家や歌手の視点から見て、60年代の楽曲に現代的なAI映像がつくことがどう受け取られるかは、単なる技術の問題ではない。

今後どう展開しそうか

Mehraはこれを「テスト段階」と位置づけており、追加投資は現状の制作予算の枠内で行うとしている。既存のカタログに対する適用規模や、Gen Z向けの編曲変更作業がどれだけのスケールで行われるかは未公表だ。

ポッドキャスト方面の展開も同時に語られた。Saregamaの楽曲をBGMにしたAI生成ポッドキャストを第三者のポッドキャスト会社にライセンスする構想で、こちらも同社にとってはカタログ収益の新しいレイヤーとなる。

インド市場全体では、有料ストリーミング加入者数はまだインターネットユーザーの約3%で、14.4百万人(2025年末時点)。Saregamaはこの市場が大きく成長すると見ており、カタログの視覚化はそのポジション取りの一環と読める。

作り手・聴き手への示唆

「音楽は持っている、でも映像が届かない」という問題は、Saregamaほど特殊な規模ではなくとも似たような状況に置かれている音楽家は多い。昔録ったデモ、映像化されなかった楽曲、ライブ映像のない音源。AIが映像制作のコストを大幅に下げたことで、こうした「未視覚化のカタログ」へのアクセスが変わりつつある。

Saregamaのケースはスケールが違うが、方向性は同じだ。ツールが変わると、できることの定義が変わる。


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