53年越しの隣接権——日本がついに「レコード演奏・伝達権」を立法化、演奏家とレーベルが店内BGMの報酬を得る日
日本の国会は6月17日、改正著作権法を可決した。音楽CDや配信音源が飲食店・ホテル・ジムなどでBGMとして流れた際、演奏家とレコード製作者にも使用料が支払われる「レコード演奏・伝達権」が新設される。1961年のローマ条約が定めたこの権利、日本が整備していなかったのはOECD加盟国では米国と日本だけだった。法律が施行されれば、YOASOBIや藤井風など海外で人気を集める日本アーティストが、世界の店舗・会場でのプレイに対して初めて報酬を受け取れるようになる。
日本の国会が、長年先送りにされてきた著作権の空白をついに埋めた。
2026年6月17日、参議院が「著作権法の一部を改正する法律案」を可決した。核心は「レコード演奏・伝達権」の新設だ。レストラン、カフェ、ホテル、ジム——そういった場所でBGMとして音楽が流れたとき、これまでは楽曲を書いた作詞家・作曲家・音楽出版社だけが報酬を受け取れた。演奏したアーティストも、録音を制作したレコード会社も、対価を受け取る権利を持っていなかった。今回の改正でその非対称が解消される。
何が起きたか
日本の著作権法は、著作権(作詞・作曲・出版などに関する権利)と著作隣接権(実演家・レコード製作者・放送事業者が持つ権利)を区別している。
これまで日本の法律が与えていた実演家・レコード会社の権利は、放送(テレビ・ラジオ)での使用に限られていた。飲食店や小売店などでのBGM利用は「放送」に該当しないため、使用料の対象外だったのだ。
一方、作詞家や作曲家はどうか。こちらはJASRAC(日本音楽著作権協会)が管理する著作権が適用され、2002年から店内BGMの使用料を徴収している。同じ曲が流れているのに、作った人には報酬が届き、演奏した人とレコードを作った人には届かない——その状況が23年以上続いてきた。
今回の改正で、実演家とレコード製作者に公の演奏・送信に対する権利が付与された。文化庁長官が指定する団体が使用料を徴収し、権利者に分配する仕組みが設けられる。徴収開始は政令で定める日から3年以内とされており、使用料の水準はこれから関係者間で交渉される。
なぜこれが重要か
この権利の概念は古い。1961年のローマ条約がすでに定めていた。条約は「商業用レコードが放送または公衆への送信に使用された場合、実演家とレコード製作者に一定の報酬を支払う」という枠組みを設けた。世界142カ国がこれを導入済みだ。
OECDの加盟国で未整備だったのは日本と米国だけだった。
米国の場合、地上波AM/FMラジオが今も演奏家・レーベルへの使用料を一切支払っていないことで知られる。日本は今回の改正でその米国との「後進国」グループから抜け出した。
互恵性の問題も大きい。権利を整備していない国の著作物は、整備している国からの使用料を受け取れない仕組みになっている。これがYOASOBIや藤井風の海外人気が高まっている今、現実の損失として顕在化していた。パリのカフェで「アイドル」が流れても、演奏家もソニーミュージックも報酬を受け取れなかった——改正後はそれが変わる。
日本は世界第2位の録音音楽市場であり、物理フォーマット(CD・アナログ)では世界最大だ。2025年の録音音楽収益は前年比8.9%増で成長軌道に戻った。その規模に見合う制度がようやく整う。
隣接権とAI音楽の交差
今回の法改正がAI音楽とどう関係するか、少し立ち止まって考えてほしい。
AI音楽ツールの学習データ問題でも、最も論点となるのはこの「隣接権」の領域だ。SunoやUdioが大量の楽曲を学習に使ったとして提訴された米国の訴訟では、原告の多くはレコード会社——つまり隣接権者だ。
JASRACは2026年6月にAI学習に関するガイドラインを公開しているが、それはあくまで著作権(楽曲)の観点からの整理だ。隣接権(録音物)の保護については、まだ議論の途上にある。
今回の改正は直接AI学習を対象にしたものではない。しかし「録音物を使って商業的利益を得る行為には、演奏家とレーベルへの対価が伴うべきだ」という法的な考え方が日本にも根付くことで、AI学習に関する将来の議論が動く土台が一つ固まったとも見られる。
論点——利用者側への影響は
使用料の水準はまだ未定だが、BGMを使用している事業者にとっては新たなコスト増要因になる。
現行でも飲食店などはJASRACに年間数千円〜数万円の使用料を支払っている。今回の改正で新たな徴収主体が加わることになれば、二重払いの形になる可能性がある。指定管理団体と音楽ユーザー代表者が交渉し、合意できない場合は文化庁長官の裁定を求める制度が用意されているが、中小事業者の負担感は無視できない。
音楽業界としても、すぐに大きな収益増になるわけではない。徴収の枠組みが整い、実際に分配が始まるまでには数年かかる。そして、どの演奏・どの録音に対してどう配分するかは複雑な問題だ。
今後どう展開しそうか
改正法は政令が定める日から施行される。指定管理団体の設立と、二次使用料の料金体系の策定がまず必要だ。施行まで最長3年のウィンドウが設けられている。
短期的には:指定管理団体の選定と組織化、事業者団体との料金交渉が始まる。
中期的には:日本が権利を整備したことで、欧米との互恵的な使用料の受け取りが実現しはじめる。この効果は実演家・レーベルの実収入に直接影響する。
また、AI学習と隣接権の関係については、今後の文化審議会での議論に注目する必要がある。2026年の法改正は「公の演奏・送信」の話だが、AI学習もまた録音物の利用であることに変わりはない。今回の立法で隣接権の価値を明示した以上、その論理をAIにも延長すべきという議論は避けられないだろう。
ソース
- Music Business Worldwide "Japan passes copyright reform giving performers and record companies royalties when recordings play in public, including overseas": https://www.musicbusinessworldwide.com/japan-passes-copyright-reform-giving-performers-and-record-companies-royalties-when-recordings-play-in-public-including-overseas/
- 文部科学省「アーティスト等への適切な対価還元に向けて『著作権法改正案閣議決定』」: https://www.mext.go.jp/b_menu/activity/detail/2026/20260515.html