「AIスロップが多すぎる」——ハイレゾ配信Qobuzが人間キュレーションを武器に45%成長した理由
フランス発のハイレゾ配信サービスQobuzが月間アクティブユーザー120万人を突破し、2025年の収益を45.7%増加させた。背景にあるのは、AIが生成した楽曲(いわゆる「AIスロップ」)を排除するという明確な姿勢と、アルゴリズムに頼らない人間編集者によるキュレーションだ。SpotifyやApple Musicが台頭するストリーミング市場で、「小さな新参者」がなぜ急成長できたのかを読み解く。
「AIが作った楽曲があまりにも多すぎる。これはフラウド(詐欺)だ」——Qobuzの北米マネージングディレクター、Dan Macktaはロサンゼルス・タイムズのインタビューでそう言い切った。
2007年設立のフランス発ハイレゾ配信サービス・Qobuzが、2025年に45.7%という異例の収益増加を達成した。SimilarWebのDigital 100レポートによれば、米国の音楽・メディアアプリの中で「最も成長速度の速いサービス」の2位に名前が挙がった(英国では3位)。月間アクティブユーザー数は120万人を突破している。
何が起きたか
Qobuzは2026年6月、ニューヨークで開催されたLibera Awardsで「インデペンデント・チャンピオン」を受賞した。インディー・アーティストとその支援インフラを対象にした、いわゆる「ミニ・グラミー」だ。
それよりも注目すべきは、受賞の背景にある成長の文脈だ。
Macktaによれば、2025年の急成長を支えた主因は「スイッチャー(乗り換えユーザー)」の増加だ。かつてストリーミングを使い始めた人は、そのままサービスを使い続けることが多かった。しかし2025年以降、「別のサービスに移ろう」という動機が明確に生まれ始めた。
その動機の一つが、AI生成楽曲の氾濫だ。
なぜこれが重要か
Qobuzは3つのことをやらないと明言している。
- AIで音声コンテンツを生成しない
- 人間のキュレーションをAIに置き換えない
- ユーザーデータを外部のAIモデルの学習に利用しない
AI生成とタグされた楽曲は、編集者のおすすめから除外されるか、プラットフォームから削除される。プレイリストや週間アルバム特集は、すべて人間の編集者が選んでいる。
「ちょっと時代遅れに聞こえるかもしれない——『え、人間が選んでるの?』って。でも、それを求めている人が思っていたより多かった」とMacktaは語る。
ストリーミング配信の経済性でも、Qobuzは異色の存在だ。2025年時点での平均ストリーム単価は0.01873ドル。SpotifyやApple Musicと比べて格段に高い。Macktaは「私たちが仮にSpotify規模になれば、このレートは下がるだろう」と認めつつも、現状ではインディー・レーベルへの還元が着実に増えていると言う。
また、「アルゴリズム疲れ」とも言うべき現象も後押しになっている。ニューヨークの地下鉄広告でBack Marketが「アルゴリズムなし。自分で100曲選ぶだけ」というコピーでiPod Nanoを売っていた、とMacktaはエピソードを紹介する。「音楽とのかかわりがハイテク化しすぎたことへの疲れ」がある。
論点と異なる見方
Qobuzの成長物語は読みやすいが、いくつかの留保も必要だ。
まず、120万MAUはSpotify(約7億人)と比べると依然として小さい。「成長速度が速い」ことと「実際の影響力がある」ことは別の話だ。
次に、「AIスロップ排除」は聴き手への価値提案としては明快だが、検出精度の問題は残る。Deezerが1日6万曲のAI生成楽曲を検出していると報告したように(2026-06-11の既報)、配信プラットフォーム全体がこの問題に直面している。Qobuzはどれだけ正確に「AI由来かどうか」を判定できているのかは公開されていない。
さらに、Qobuzを支持するユーザー層に「意識の高い音楽ファン」が集中しているという特性も無視できない。この層は確かに存在するが、ストリーミング市場全体を動かすマスではない。
今後どう展開しそうか
Qobuzは単なるストリーミングサービスとしての位置づけを超えようとしている。英レコード店Rough Tradeとの連携で、フィジカルの購買体験にデジタルレイヤーを加える実験も始めた。アルバム単位での購入・ダウンロードを推奨し、「ストリームより買う方がアーティストの取り分が多い」という価値観を積極的に打ち出している。
意外な成長ドライバーも報告されている。俳優のChelsea HandlerやChristina Hendricksが利用者として知られる一方、K-POPやBTSのファンコミュニティがハイレゾダウンロードを大量購入するという現象も起きている。「オーディオファイル向け」というイメージを超えた広がりが生まれつつある。
SpotifyがAIとの連携を深め、Apple MusicがDolby Atmosによる音質訴求を続ける中で、Qobuzが「人間キュレーション×高音質×アーティスト還元」という軸を磨き続けることができるかどうか。規模がまだ小さいことが今は競争優位(編集方針を妥協しなくてよい)だが、成長すればその判断は難しくなる。
作り手・聴き手への示唆
AI音楽を作っている人にとって、Qobuzの台頭は複雑なシグナルかもしれない。
プラットフォームが「AI由来の楽曲は推薦しない」という方針を明確にするなら、どこで聴いてもらえるかの話になってくる。SpotifyはまだAI音楽フィルターを設けていない。DeezerはAI検出ツールを展開し始めた。Qobuzは人間編集者が選んだ楽曲しか前面に出さない。
ただし、「AI生成楽曲がQobuzで聴けない」わけではない。配信自体は可能で、ユーザーが自分で検索すれば聴ける。排除されるのは編集者のおすすめ枠だ。
聴き手の立場からすれば、「誰が作ったか」と「誰が選んだか」という二つの問いが、これからの音楽消費においてより意識的になっていく予感がある。アルゴリズムの最適化が当たり前になったからこそ、「人間の目利き」に価値が生まれる逆説——Qobuzの成長はその一つの証左だ。
ソース
- Los Angeles Times: "In a sea of AI music slop, can streaming service Qobuz cut through?" (2026-06-16): https://www.latimes.com/entertainment-arts/music/story/2026-06-16/in-sea-of-ai-music-slop-can-streaming-service-qobuz-cut-through
- Digital Music News: "Qobuz Is the Second Fastest-Growing Music App in the US" (2026-05-26): https://www.digitalmusicnews.com/2026/05/26/qobuz-fastest-growing-streaming-music-platforms/