「The Puerto Rico Song」現象——Sunoで作ったAI曲が夏のアンセムになるまで
ピッツバーグ在住のビル・スティテラーが、旅行で感じたプエルトリコへの愛をSunoに打ち込んだら、46,000本以上のTikTok動画が生まれた。チャーリー・プースもルーク・コムズも踊り出したそのAI曲は、「AI音楽は本物か」という問いを超えて、文化の受容とリミックスについての会話を呼び起こしている。
「First time in San Juan, mi hijo. Capital of Puerto Rico…」
このフレーズを聴いたことがある人は、もう世界に何百万人もいる。バラク・オバマの銅像、バスターミナルのスロットマシン、着陸時に拍手する乗客——プエルトリコを旅した外国人の目線で描かれたその歌詞は、カリブ海の島の情緒をノリよく、やや無邪気に切り取っている。
そしてその曲は、人間のミュージシャンが作ったものではない。
何が起きたのか
「The Puerto Rico Song」を作ったのは、ピッツバーグ在住のコメディアン、ビル・スティテラー(別名:Saxboy Billy)だ。彼はプエルトリコへの旅行から帰った後、自分の経験を歌詞に書き起こし、AIミュージックジェネレーターSunoに入力した。仕上がった曲を2026年4月にTikTokへ投稿したのが始まりだ。
その後の展開は、予想を超えた。バンド「O-Town」、チャーリー・プース、ルーク・コムズ、ジェニファー・ラブ・ヒューイット、ミラ・クニスなど、数えきれないほどのセレブリティが曲に合わせてリップシンクや踊りを披露した。TikTokで使用された動画は46,000本以上、総視聴回数は100万回を超えた。
ABC Newsの取材に対し、スティテラーはSunoを2年以上使っており、「ソブリエティ(禁酒・禁薬物)の旅の中でクリエイティブになる方法として始めた」と語っている。彼は都市・国ごとに旅をテーマにした曲を量産しており、SNSでは「#sunomusic」のタグを使うなど、AI使用を最初から明かしていた。
曲のプロンプトについて聞かれると「それを公開したら秘伝のたれを晒すようなもの。国営テレビで言うわけない」と笑い飛ばした。
なぜこれが重要か
この曲の面白さは、「AI音楽がバズった」というシンプルな事実にあるのではない。
まず、聴いた人の多くは最初、それがAI製だとは知らなかった。知った後も、多くの人が気にしなかった。
Sunoが訴訟の渦中にあった時期(2024年のレーベル提訴)を経て、ワーナー・ミュージック・グループなどが2025年11月に和解・ライセンス契約を締結した今、AI音楽の商業的な許諾体制は変化しつつある。スティテラーの曲が話題になったのは、まさにその変化の直後だ。
また、彼の透明性は特筆に値する。「Suno製だ」と言いながら投稿し続けたことで、聴衆はその曲がAIと人間の共同作業であることを知りながら楽しんでいる。「聴き手が知らないうちにAI音楽を消費させられる」という倫理的な問題とは、明らかに異なる構図だ。
論点——プエルトリコ人はこの曲をどう聴いたか
BBC World Serviceの取材に応じたプエルトリコ人の反応は、均一ではなかった。
サンファンでシェフとして働くマリア・メルセデス・グルッブは肯定的だ。「島で大切なことへの genuine な共感が感じられる。彼はAIをうまく使っている」「プエルトリコ人でない人が歌ってくれているのを見ると、すごく嬉しい。私たちが地図に載っているみたい」と語った。
一方、プエルトリコの歴史をテーマにしたポッドキャスト「Boriken」のホスト、デビー・ペレスはより慎重な視点を持つ。「この曲がプエルトリコについてより深い会話の扉を開いてくれた点は嬉しい。でも、愛情が消費にならないように注意が必要だ」と述べた。
彼女が指摘するのは、バッド・バニーが音楽の中で描いてきたプエルトリコの日常——停電、土地闘争、環境問題——といった側面が、観光的な「ラブソング」には映らないという事実だ。ハリケーン・マリア(2017年)以降も続く電力インフラの問題を、プエルトリコ人は今も生きている。
スティテラー自身はプエルトリコの文化に敬意を持ち、ピッツバーグにある野球選手ロベルト・クレメンテの銅像への愛着も語っている。さらにプエルトリコ観光局との接触も生まれているという。
今後どう展開しそうか
「The Puerto Rico Song」が示すのは、AI音楽が「専門家のツール」から「誰でも使えるポップカルチャーの素材」へと移行しつつあるという現実だ。
スティテラーは一人のコメディアンで、音楽のプロではない。彼が旅で感じたことを言葉にして、Sunoに託し、TikTokに投稿した——その工程は、誰にでも開かれている。この曲の成功が「真似してみよう」という人を増やすだろうことは想像に難くない。
ただ、文化的な繊細さの問題は残る。自分が外側にいる文化をAIで歌にするとき、意図のよさが自動的に結果のよさを保証するわけではない。「AI音楽の倫理」の議論は技術や著作権だけでなく、こうした文化的な側面にも広がっていく。
作り手・聴き手への示唆
AI音楽が「バズる」条件が少しずつ見えてきた。技術力より先に必要なのは、「書くべきことがある」という核心だ。スティテラーの場合、それは旅の経験と、プエルトリコへの素直な愛情だった。
AI音楽を作っている人にとって、この事例のポイントは二つある。一つは透明性——「AI製」と言いながらでもバズは起きる。もう一つは、何を歌うかという選択が、ツールより先に問われるということだ。
ソース
- ABC News / Good Morning America: "Meet the man behind the viral AI-generated 'Puerto Rico' song on social media" (2026-05-22): https://abcnews.com/GMA/Culture/viral-ai-generated-puerto-rico-song-tiktok/story?id=133214634
- BBC World Service: "What do Puerto Ricans think of the viral song about their homeland?" (2026-06-12): https://www.bbc.co.uk/news/articles/cwy0v85ldyjo