AI音楽業界では、サービスをローンチしてから訴えられ、訴えられながら和解し、ライセンス料を支払い始めるというパターンが常態化している。

KLAYはその逆を行った。

ロサンゼルス拠点のAI音楽スタートアップKLAY Vision Inc.は、今夏のローンチに向けて準備を進めているが、その前段として2025年11月に3大メジャーレーベル全社と録音権および出版権のライセンス契約を個別に締結済みだ。2026年6月には全米音楽出版社協会(NMPA)との原則合意も発表された。


KLAYとは何をしている会社か

KLAYが開発しているのは「音楽の聴き方を再定義する」プラットフォームだ。「没入型・インタラクティブなツールを用いて音楽体験を再創造する」とされており、KLAY独自の大規模音楽モデル(Large Music Model)によって動く。このモデルは「ライセンス済みの楽曲のみで学習した」と明言されている。

SunoやUdioのような「AIで曲を生成する」ツールとは方向性が異なる。「作る」ではなく「聴く体験そのものをAIで変える」という位置づけで、具体的な機能の詳細はまだ非公開だが、この出発点はAI音楽業界では珍しい。


誰が作っているのか

KLAYのチームの出自は、業界が信頼した理由を説明する。

  • Ary Attie(創業者・CEO): ミュージシャン出身。技術と創作の橋渡し役として会社のビジョンを牽引する。
  • Thomas Hesse(共同創業者・チーフ・コンテント&コマーシャル・オフィサー): Sony Music Entertainmentにてグローバルデジタルビジネス担当プレジデントを務めた。業界の権利構造と交渉を知り尽くした人物だ。
  • Björn Winckler(チーフAIオフィサー): Google DeepMindの音楽AIイニシアティブを率いた。
  • Brian Whitman(チーフテクノロジーオフィサー): 音楽分析・レコメンデーションの礎を築いたThe Echo Nestを創業し、Spotifyの音楽インテリジェンスの核となった人物。

メジャーレーベルとの交渉を熟知した人間、生成AIの最前線にいた研究者、音楽データ分析を業界に根付かせたエンジニア。UMGのチーフデジタルオフィサー、マイケル・ナッシュ(Michael Nash)が「私たちが長年支援してきたスタートアップのチームとしては最高水準」と評したのは、このチーム構成あってのことだろう。


ライセンスの経緯

KLAYは少なくとも1年以上にわたって、業界の主要プレイヤーと非公開で交渉を続けてきた。その成果として2025年11月、以下すべてと個別のライセンス契約を締結した。

  • Universal Music Group(UMG)および Universal Music Publishing Group
  • Sony Music Entertainment(SME)および Sony Music Publishing
  • Warner Music Group(WMG)および Warner Chappell Music

これは3大メジャーの「録音物の権利」と「楽曲(出版権)の権利」の両方を、ローンチ前にカバーしたことを意味する。

さらに2026年6月10日、NMPAのデイヴィッド・イスラエライト(David Israelite)会長が年次総会でKLAYとの原則合意を発表した。NMPA会員向けの正式展開は今夏を予定しており、独立系の出版社・作詞作曲家もこの枠組みに入る見通しだ。

「KLAYの特別なところは、プラットフォームをローンチする前にライセンスを確保していることだ。我々の業界でこれがいかに珍しいことか、皆さんはよく分かっているはずだ。許しより許可を求める企業がいかに少ないか」(David Israelite, NMPA)


なぜこれが重要か

AI音楽業界は2024年、RIAAがSunoとUdioを著作権侵害で提訴したことで揺れた。両社はその後、和解と個別ライセンス契約を積み重ねて「被告」から「業界パートナー」へと変容しつつある。それ自体は前進だが、その道のりは「まず作り、後から権利を片付ける」順序だった。

KLAYの示すのは別の道だ。

WMGのチーフデジタルオフィサー、カルレッタ・ヒギンソン(Carletta Higginson)はこう述べている。

「KLAYは最初から正しいアプローチを取った——芸術的な可能性を広げつつ、音楽の価値を守る総合的なプラットフォームを構築した」

SMEのグローバルデジタルビジネス担当プレジデント、デニス・クーカー(Dennis Kooker)はこう言う。

「私たちは次世代のAI音楽体験を構築するために、権利保有者からの適切なライセンスが必要だと理解している企業と一緒に仕事をしたい」

KLAYは「ライセンスを取った」だけでなく、業界がAIスタートアップに期待する振る舞いのモデルケースになっている。これが後続のプレイヤーにどんな影響を与えるかは、注目に値する。


今後どう展開しそうか

KLAYは「今夏」のローンチを予定している。正式なサービス開始に向け、NMPAを通じた独立系出版社・ソングライターとの契約整備が進む見通しだ。

注目点は二つある。

第一に、プロダクトの実態だ。「音楽体験を再定義する」という抽象的な表現の先に何があるのか。AIで音楽を「聴く」体験がどう変わるのか——具体的なサービスが公開されれば、評価が一変する可能性がある。大規模な音楽モデルで何ができるかは、まだほとんど見えていない。

第二に、ビジネスモデルとしての持続性だ。ライセンス料を先行して支払いながらビジネスを構築するモデルは、コスト構造が厳しい。「先にローンチして後で交渉する」という危うい道を選んだ企業も生き延びてきた事実を踏まえると、正攻法が経済的にも機能するかは未知数だ。


作り手・聴き手への示唆

KLAYは今のところ「音楽を作るツール」より「音楽を体験するサービス」に近い位置づけのようだ。AI作曲ツールを使って自作曲を生み出したいユーザーより、「AI時代の新しい聴き方」を求めるリスナー向けかもしれない。

ただ、KLAYが証明しようとしているのはひとつのことだ——AI音楽ビジネスは、ライセンスから始めることができる。

許可を取ってから作ることは「遅い」のではなく「正しい」という前例が、業界に積み上がりつつある。SunoやUdioが歩んだ道の横に、初めから別の道があった。


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