2026年4月、Shazamの急上昇チャートに「Run Run River」という曲が突然現れた。南アフリカのリスナーを中心にTikTokで広がり、ストリーミングで数千万回再生され、2位まで上り詰めた。

問題は、その曲がどこにも存在しないアーティストによって作られた、ということだ。


何が起きたか

「Run Run River」の正体は、SoCal発のレゲエバンドStick Figureが2019年にリリースした楽曲「Angels Above Me」を、AIを使って加工したものだった。テンポを上げ、リードボーカルを微妙に変え、ダンスミュージック向けのキックドラムを追加する——それだけで、別の曲として大量のストリーミングサービスとソーシャルメディアに流通した。

Stick Figureのクレジットはどこにもなかった。

「俺たちはただ盗まれていた」と、バンドの創設者Scott Woodruffはロサンゼルス・タイムズに語った。「誰かがロイヤルティを稼いでいるのに、俺たちはその存在にすら気づけないままだった」

発端は南アフリカにある。2019年のオリジナル楽曲が現地の人気ラジオDJに取り上げられ、Stick Figureは南アフリカで知名度を得ていた。2026年初頭、TikTokユーザー「@MDBHouse」が「Angels Above Me」を音楽識別ソフトウェアの検知を逃れるよう軽く加工し、冒頭の歌詞「Run, run, river, carry me home to the ocean」を曲名にしてアップした。それがAI加工済み音楽を扱うアカウントのネットワークへと広がり、数百万回再生の渦に巻き込まれた。

Stick Figureのマネージメント(Ineffable Music)は、ディストリビューターやストリーミングサービスと交渉し、この曲がカバーでも公式リミックスでもなく詐欺であることを認めさせるために数週間を費やした。


なぜこれが重要か

AI音楽をめぐる問題は多くの場合、「AIが人間の音楽を学習データとして無断使用している」という文脈で語られてきた。あるいは「AI生成のslop(粗悪コンテンツ)がストリーミングサービスを汚染している」という角度で。

Stick Figureの件は、それとは違う。

AIツールを使って既存のミュージシャンの楽曲を改変し、別のタイトルで本物として流通させる——これはアーティストを直接的に傷つける詐欺だ。新しい音楽を生成するのではなく、ある音楽を別の音楽に偽装する。その偽版が本物より先にシャザムで発見される。本物のアーティストは、自分の楽曲が数千万回再生されたことを他人の口座に入るロイヤルティで知る。

「これは俺たちが書いた曲だ。本物の人間の、本物の感情。それが世界規模で人々の心に届いているのは、ある意味で名誉だとも思える」とWoodruffは言った。「でも——誰かが自分のサービスにそれを乗せて金を稼いでいるのは別の話だ」


論点・異なる見方

「無断利用」の定義はどこにある

Ineffable MusicのThomas Cussinsはこう語る。「AIを無許可・無断の方法で使って作ったものは、そもそも出発点が詐欺だ。ガードレールを迂回するためにウェーブフォームを加工し、誰のクレジットも入れずにアップする——それは最初から欺くことを前提にしている」

Stick Figure自身は、Green Dayの「Boulevard of Broken Dreams」をカバーした経験を持つ。カバーと詐欺の違いは「意図」だけではなく、AIが可能にした「規模」にあると彼らは言う。人間がカバーを録音するには数週間かかった。AIなら数分で10バージョン量産できる。コストがゼロなら、誰かが試し続けるのを止める理由はない。

業界全体の規模感

これは孤立した事件ではない。

2026年4月時点で、Deezerには1日あたり約7万5000本のAI生成トラックが流入しており、全新規アップロードの44%を占める。Spotifyは前年、7500万本のスパムAI楽曲を削除した。そして2026年3月には、ノースカロライナ州のMichael Smithが連邦電信詐欺罪に対して有罪答弁を行った——10万本のAI生成楽曲を1000以上のアカウントで自動ストリーミングし、SpotifyやApple Musicなどから800万ドル(約12億円)を詐取したとされる事件だ。

「Smithが盗んだ何百万ドルは本物だった。本当の、功績のあるアーティストや権利保有者から奪われたロイヤルティだ」と検察官は述べた。

AIが生成する音楽の問題は、「AI音楽は本物か」という文化的問いの前に、「誰かが金を盗んでいる」という犯罪の問題でもある。

プラットフォームの「限界」

ストリーミングサービスは偽版の流入をある程度は検知できる——しかし速度と量の前では後手に回る。「Stick FigureのRun Run Riverのような曲は、識別ソフトウェアの弱いガードレールを迂回するよう加工されていた」とCussinsは言う。

プラットフォームが不正コンテンツを完全に排除できないならば、ディストリビューターや権利保有者の側での速やかな対処能力——不正を発見し、取り下げ要請を通す、ファンを正規アーティストへ誘導する——が重要になる。だが、小さなインディーアーティストにとっては、この対処コスト自体が重い。


今後どう展開しそうか

Michael Smithの有罪答弁は、AIを使ったストリーミング詐欺が連邦レベルの刑事事件として扱われる先例になった。この判例が今後の類似事件の訴追を容易にするかどうかは注目点だ。

より直接的には、識別・検知技術の精度向上が問われる。DeezerはAI検出技術の外部ライセンスを始めており、各プラットフォームがどこまで追いつけるかが焦点になる。

ただしWoodruffが言うように、「コストがゼロなら試み続ける人がいる」。技術的なイタチごっこは長期戦になるだろう。


作り手・聴き手への示唆

Stick Figureの「Angels Above Me」が南アフリカで支持されたのは、音楽としての力があったからだ。その力が別の曲名で利用され、別の誰かに金をもたらした——これは音楽を「作ること」の話ではなく、作られた音楽を「盗むこと」の話だ。

AI音楽に対する批判の多くは、「AIで作ることへの倫理」に向かう。今回の件はその手前にある。ツールの問題でも、生成AIの是非でもない。詐欺だ。

「自分でトラックを作って自分だけが聴く」という行為から、「他人の音楽をAIで変形させて流通させ、ロイヤルティを抜き取る」という行為まで——「AI×音楽」は今、この幅を持った現象として存在している。どちらか一方の話に矮小化するのは、現実に起きていることを半分しか見ていない。


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