6月11日に開幕するFIFAワールドカップ2026を前に、奇妙な逆転が起きている。

FIFAはJelly RollとCarin Leonに公式アンセムを依頼し、シャキーラも「待望のW杯曲」をリリースした。それなのに、SNSで最も盛り上がっているのは、ファンがAIで自作したチームソングだ。YouTube、TikTok、Instagramで数百万回再生されている。


何が起きているか

AFP通信の報道によれば、このトレンドは2026年2月、フランス代表を讃える楽曲「Imbattables」から始まった。制作したのはCrystaloというアーティストで、SpotifyではフランスをPRする「premier AI musical creator(AIミュージック・クリエイターの第一人者)」と紹介されている。

曲はキリアン・エムバペら代表選手の名前をコール&レスポンスで連呼するシンプルな構成だ。

これを受けて、ブラジルの楽曲が登場した。プロデューサーのGuilherme Maia(アーティスト名:M4IA)が、AIを使ってさまざまな要素を重ね合わせて制作。ブラジルではトレンドとなっていたフォンク調のビートを取り入れた。

その後、ポルトガル、アルゼンチン、ドイツをはじめ、多くの国のアンセムがSNSで次々と公開された。後続の楽曲はM4IAのフォーマットをほぼそのまま踏襲している——フォンクビートに乗せて選手名を連呼し、「キング」を称える。ポルトガル版ではクリスティアーノ・ロナウド、アルゼンチン版ではリオネル・メッシがその座に就いた。


なぜこれが重要か

この現象が特別なのは、「AI音楽ツールが優れている」という話ではないからだ。

公式アンセムはプロのミュージシャンが作った。シャキーラの楽曲は世界的注目を集めた。それでも、SNS上の熱量の中心は、名も知れないファンがAIを使って作ったチームソングにある。

Beatdapp(音楽権利ソフトウェア会社)の共同CEOであるMorgan Haydukはこう分析する。「実際に気にしない人たちがいる。その音楽を好きだし、それが作曲家やグループではなく大規模言語モデルから生まれたというストーリーも好きなんだ」

「応援歌として叫べる、広告で使える——AIが生成した音楽の現段階での明確なユースケースはここだ」とも語っている。

聴き手が大規模に作り手に転じる——Rezonate Magazineが追ってきた変化が、W杯という地球規模のイベントで可視化された瞬間だ。


論点・異なる見方

「AIを使ったが、AIに作らせたわけじゃない」

M4IA自身は、Sunoのようなツールに「チームアンセムを一曲作って」と指示したのではないと強調している。「自分でトラックを組み上げ、一部の要素でAIを補助として使った」というのが彼の説明だ。

「今起きていることは、トレンドを追ったり、感覚を再現しようとしていることが多い。でも音楽の世界では、他者の作品をコピーしたり、許可なくサンプルを使ったりはできない。AIが絡んでいても同じだ」とAFPに語った。

創造的な模倣がフォーマットを広めた面はある。しかし、後続の楽曲がM4IAのビートを無断で再利用している状況は、著作権的な問題も孕んでいる。

学術的な視点:著作権の空白

インディアナ大学の音楽テクノロジー助教授Jason Palamara は、AIモデルを学習させる際に使われた著作権楽曲のクレジットの所在が曖昧なままだと指摘する。「それはどこかから来ていなければならない」。

またAI生成音楽の質的限界も挙げている——ポルトガル代表のファンソングがブラジルなまりのポルトガル語で歌われ、コロンビア版では選手James Rodríguezのファーストネームが英語読みされる、といった不整合が生まれる。「複数のトラックが重なり合うテクスチャーではなく、一つのコンパクトな産物になりがちだ」。

熱狂とリスクの並走

多くのユーザーがこうした問いに無頓着なのも事実だ。コメント欄は「AIが作ったと知ってむしろ好きになった」という反応であふれている。

感情移入と技術的洗練は別の問題だ。ファンソングに求められているのは複雑さではなく、一緒に歌えること、チームへの愛着を形にすること——その需要にAIはすでに応えられている。


今後どう展開しそうか

Haydukはこう言い切った。「W杯ファンソングのようなジェネレーティブな出力に何が含まれているかを知ること——それが音楽業界が今越えなければならない荊の道だ」。

今回の現象は、著作権をめぐる訴訟が続く中でも、AI音楽ファンカルチャーが既に十分な質量を持っていることを示している。SunoやUdioとレーベルの法廷闘争がどう決着するかにかかわらず、ファンが自分のチームのアンセムをAIで作るという行動は止まらないだろう。

W杯という舞台がAI音楽に与えたのは、知名度でも正当性でもない。ただ、誰もが一度は経験する「好きなチームを応援したい」という感情のユースケースだ。それがあれば、ツールはすでに十分普及している。


作り手・聴き手への示唆

AI音楽はもはや「AIコミュニティの中での話」ではない。W杯のスタジアム外にも、TikTokのフィードにも、サッカーを観る酒場にもある。

公式アンセムを作ったプロのミュージシャンが排除されたわけではない。でも彼らは今、名も知らないM4IAや数十人のフォロワーを持つファンと、同じSNSの争奪戦を戦っている。

「ツールを持った人が作り手になる」という変化の速度は、今夏のW杯によってまた一段と上がった。


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