ストリーミングサービスには今、2億5300万曲が存在している。その88%は、2025年を通じて1000回も再生されなかった。

そこに毎日7万5000本のAIトラックが追加されている。


何が起きたか

2026年4月20日、Deezerは自社の最新データを公開した。

同プラットフォームは現在、1日あたり約7万5000本のAI生成トラックを受け取っている。全新規アップロードの44%に相当する数字だ。月換算では200万本超。同社が独自開発したAI検出ツールを使い始めた2025年1月の時点では1万本だったから、わずか15ヶ月で7.5倍になった計算だ。

急増の速度は圧倒的だ。

時期 1日あたりAIトラック数
2025年1月 約1万本
2025年9月 約3万本
2025年11月 約5万本
2026年1月 約6万本
2026年4月 約7万5000本

同時にDeezerはこう発表した。AIトラックのハイレゾ(高解像度)バージョンの保存を中止する、と。

既存ポリシーとして、AI生成コンテンツをアルゴリズム推薦や編集プレイリストから除外していたDeezerが、今度はストレージレベルでも踏み込んだ。これは単なるコスト削減策だろうか?


なぜこれが重要か

この話を理解するには、Deezerの数字だけでなく、ストリーミング全体のカタログ規模を見る必要がある。

調査会社Luminateの2025年版年次レポートによれば、世界の音楽ストリーミングサービスが2025年末時点で保有するトラック数は2億5300万。前年比で3790万本増えた——つまり1日平均10万6000本のペースでカタログが膨らんでいる。

そしてこの2億5300万曲の内訳が、問題の核心だ。

  • 1億2050万曲(47%):2025年の年間ストリーム数が10回未満
  • 1億8469万曲(73%):年間100回未満
  • 2億2334万曲(88%):年間1000回未満
  • 5530万曲:2025年を通じて一度も再生されなかった

ロボットが来る前から、ストリーミングはすでに墓場だった。

Music Business WorldwideのTim Ingham編集長はこう書いている。「AIの洪水は人間が作る音楽の量を置き換えたわけではない。その上に積み重なっただけだ」。

Deezerのデータを見ると、人間が作る音楽の流入量は2025年1月時点の約9万本/日から2026年4月時点の約9万5000本/日とほぼ横ばいだ。AI分だけが増えた。1日の総アップロートは約17万本にのぼる。


論点・異なる見方

Deezerの「トリアージ」は先例になるか

ハイレゾ保存の中止は、ストリーミングプラットフォームが初めてカタログの「価値に応じた選別」を行った事例として注目に値する。

これまで各プラットフォームは、届いた音楽をほぼ全量受け入れてきた。コストが許す限り置いておく、という姿勢だ。Deezer CEO のAlexis Lanternierは「終わりなく成長し続けるカタログを保有することにはコストがかかる」と2年前にすでに述べていた。今回その言葉が行動になった。

問いは「Deezerだけか」だ。

SpotifyはIPO前の2017年時点でGoogle Cloud利用料として年間約1億2200万ユーロを支払っていた。その後、報告ベースのIT・クラウドコストはIPO時点から累積で約1億8300万ユーロ(約220億円)上昇しており、2025年だけで€3000万増えた。AI音楽とAI動画ポッドキャストの増加がこのコストをさらに押し上げるのは時間の問題だと、Music Business Worldwideは指摘している。

「AIトラックはほとんど聴かれていない」が意味すること

Deezerのデータでは、AI生成音楽の消費量はプラットフォーム全体のストリームの1〜3%にとどまる。しかもその85%は不正ストリームとして検知・非収益化されているという。

アップロードの44%を占めながら、再生のわずか1〜3%。この乖離は何を意味するのか。

一方では「AI音楽は誰にも聴かれていない」という解釈が成り立つ。大量に生成されても聴衆はついてこない——と。

しかし別の読み方もある。大量のAIトラックが「ストリーム詐欺」目的で生成・流入していることをDeezerは示唆している。つまり再生されることを目的にしていない。それ自体が別の問題だ。

2億5300万曲という数字の意味

「1000億の星がある宇宙で、あなたが見つけられる星はいくつか」という問いに似ている。

2億5300万曲はもはや人間がナビゲートできるスケールではない。発見はアルゴリズムに委ねられ、そのアルゴリズムは聴かれた実績のある曲を推薦しやすい。新しく作られた曲が最初の聴衆に届くまでの道は、カタログが膨らむほど狭くなる。


今後どう展開しそうか

短期的には、Deezerの「ハイレゾ不保存」が他プラットフォームに波及するかどうかが注目点だ。SpotifyやApple Musicがコスト圧力に応じてAIコンテンツへの取り扱いを変えるなら、それは業界標準として定着しうる。

Deezerは1月から自社のAI検出技術を他社向けにライセンス提供も始めている。つまり技術の横展開を図りながら、カタログ管理のモデルを業界全体に広げようとしている。

中期的には、プラットフォームがどこまで「選別」を強化できるかが問われる。ハイレゾを保存しないのは始まりにすぎず、次は「アップロード自体を制限する」「最低再生数を下回ったトラックは削除する」という方向へ進む可能性はある。

一方でそれは、「誰でも音楽をリリースできる」という今の状況を変えることでもある。


作り手・聴き手への示唆

AIで音楽を作る側からすれば、数字はシビアだ。毎日7万5000本が追加されるプールで自分の曲が再生されるためには、「作ること」より「届けること」の課題が大きい。5530万曲がゼロ再生のまま眠っているという事実は、AI生成の曲だけの話ではない——人間が作った曲の多くも同じ状況にある。

Deezerがハイレゾ保存をやめた決断は、音楽そのものへの評価ではなく、コストとスケールの問題だ。それでも、「保存の優先度がつけられる時代が来た」という事実は、作り手が意識しておく価値がある。

聴き手の側から言えば、プラットフォームが何を見せ、何を見せないかの設計が、今以上に重要になる。アルゴリズムが推薦しない音楽は存在しないも同然の世界で、キュレーションの価値はむしろ上がる。


ソース