「私はファンクショナル音楽業界にいない」——UMGトップが引いた、AI音楽の境界線
Universal Music GroupのトップSir Lucian Graingeが、AI音楽をめぐる業界の立ち位置を一言で切り取った。「私はファンクショナル音楽業界にいない」——この宣言は何を意味するのか。ライセンス型AI音楽が加速する今、世界最大の音楽会社が描く「本物の音楽」の輪郭が見えてきた。
「私はファンクショナル音楽業界にいない(I'm not in the functional music industry)」
ユニバーサル・ミュージック・グループ(UMG)会長兼CEOのSir Lucian Graingeが5月21日、ロサンゼルスで開かれた英国最大規模の対米通商サミット「GREATER Together LA」でこう語った。一言に聞こえるが、この発言は今のAI音楽シーンの地図を一気に書き換えようとしている。
何が起きたか
Graingeの発言は、SpotifyとUMGが「AIカバー・リミックスツール」の提供を発表した同日(5月21日)のものだ。スポティファイ・インベスターデイでそのディールが世界に伝わったその夜、Graingeはハリウッドのスタジオで別の文脈でAI音楽について語っていた。
「ファンクショナル音楽って何かって聞かれます。スパ音楽とか、眠れるやつとか。そういう機能的なものですよ」と彼は言った。「私はそんな業界にいない。人間とその考えに深く投資することを大切にしている。彼らのリズム、彼らのメロディ。チームとして、彼らが持っているベストを引き出す手助けをする。そしてAIは、そのためのツールになる」
さらに踏み込んで、同僚のソングライターが語ったという言葉を引用した。「AIツールと一緒に作業するということは、自分の最高の日の自分自身とコラボしているようなものだ——そんなツールを想像してみてください」
opt-in(参加アーティストの同意を前提とする仕組み)については、「名前、肖像、声——これらはすべてopt-inだ。これは絶対に譲れない。これは宗教(That's religion)だ」と述べた。
なぜこれが重要か
Graingeの発言をいくつかの言葉で分解すると、UMGの戦略がくっきりと浮かぶ。
まず「ファンクショナル音楽」という語の使い方。スパ用BGM、睡眠音楽、集中用アンビエント——これらは音楽ストリーミングにおいて再生数を稼ぎやすいカテゴリで、AI生成との親和性が高い。Spotifyがかつて「偽アーティスト」問題で批判を受けたのも、この種のコンテンツが原因の一端だった。Graingeが「そこに自分はいない」と言うのは、単なる哲学ではなく、UMGのビジネスの輪郭を示す発言だ。
次に「opt-in is religion」という表現。法的な言葉でも契約の言葉でもなく、「宗教」だと言った。これは確信の強さを示している。同日のSpotify deal発表でも、参加は完全opt-inであることが明記されており、これはUMGが今後すべてのAIディールに適用する原則となりそうだ。昨年のUdio訴訟和解でも、UMGとTikTokの合意でも、同様の構造が貫かれてきた。
論点・異なる見方
「ファンクショナル音楽」は本当に悪なのか
Graingeが「ファンクショナル音楽に私はいない」と言う時、それは「ファンクショナル音楽は価値がない」という意味には直接ならない。スパ音楽も、眠りを助ける音楽も、使う人には意味がある。ブライアン・イーノが追求したアンビエント音楽だって、広義には「機能的」だ。問題は「AI生成の大量生産」が「ファンクショナル」とセットになって、ストリーミングの空間を埋め尽くしている点にある。Graingeが拒否しているのは「機能」そのものではなく、人間の作り手の存在を消した量産体制ではないか。
opt-inは「保護」か「囲い込み」か
opt-in原則はアーティストを守るための仕組みだが、同時にUMGが管理するエコシステムの外では許可されない、という「囲い込み」でもある。独立系アーティストや小規模レーベルがAIツールを使う文脈では、UMGが設計する枠組みはそのまま適用されない。「保護」が誰のための保護かは、常に問い直す必要がある。
技術側の見方
テクノロジーリーダーとの対話について、Graingeは「どこに行っても、彼らは言う。データはすべて示している——人間的なつながりと、創造性における人間的な体験こそが、人々が求めているものだ、と」と語った。これはある意味で安心材料だが、データが「人々は今のところ人間の音楽を好む」を示しているとしても、それが5年後10年後も変わらないとは限らない。
今後どう展開しそうか
UMGはAI音楽の「良いもの」と「悪いもの」を線引きし、良いもの(アーティストの同意と協働に基づくAI)は積極的に取り込み、悪いもの(無断学習・量産型ファンクショナル音楽)は排除するという方針を一貫して進めている。
Spotify deal、Udio和解、TikTok合意——UMGが結んできた各ディールには同じ設計思想がある。opt-in、ウォールドガーデン、収益分配。これが業界スタンダードになれば、それ以外の形のAI音楽ビジネスは難しくなる。SunoやUdioの訴訟が最終決着する前に、UMGがライセンス型の枠組みを事実上の標準として確立しようとしている意図は読み取れる。
短期的には、より多くのプラットフォームやレーベルが「opt-in」を前提とした契約に動くだろう。長期的には、AIで音楽を作る行為の「正当性」が、こうしたライセンス枠組みに参加しているかどうかで判断される時代が来るかもしれない。
作り手・聴き手への示唆
Graingeの言葉を聞いて、SunoやUdioで音楽を作っている人が「自分は否定されている」と感じるかもしれない。だが少し立ち止まって考えると、彼が言っているのは大量生産AIコンテンツのことであって、「思って作った音楽」のことではないと思う。
「自分の最高の日の自分とコラボする」というAI像は、あながちSunoユーザーの体験と遠くない。何度も試行錯誤して、ここだという感覚を持って生成した曲——それは「ファンクショナル」ではない。
ただ、業界がopt-inとライセンスの方向に動いていくなかで、独立した立場でAI音楽を作っている人たちが、どこに「認められる場所」を持つかは、これからの問いになるだろう。
ソース
- Music Business Worldwide: "Sir Lucian Grainge on AI, Spotify, and why he's not in the 'functional music' industry" (2026-05-28): https://www.musicbusinessworldwide.com/sir-lucian-grainge-on-ai-spotify-and-why-hes-not-in-the-functional-music-industry/
- Music Business Worldwide: "Spotify and Universal Music Group strike landmark deal to let fans create AI covers and remixes – as a paid Premium add-on" (2026-05-21): https://www.musicbusinessworldwide.com/spotify-and-universal-music-group-strike-landmark-deal-to-let-fans-create-ai-covers-and-remixes-as-a-paid-premium-add-on/