5月19日、音楽制作プラットフォームのSpliceがElevenLabsとの提携を発表した。

SpliceはElevenLabsの音楽生成モデルを活用し、新世代のAI音楽制作ツールを開発する。リリース時期は「今年後半」とされている。


何が起きたか

Spliceは2013年創業のプラットフォームで、300万曲以上のライセンス済みサンプルを提供するサブスクリプションサービスを軸に成長してきた。プロ・セミプロのビートメイカーや作曲家に広く使われており、2021年の資金調達では企業価値が約5億ドルと評価された。

今回の提携では、SpliceがElevenLabsの基盤モデル(foundational music models)を使って新しいAI創作ツールを構築する。具体的な機能は未発表だが、両社は「アーティストへの尊重と公正な報酬にコミットする」とプレスリリースで述べた。

SpliceのCEO Kakul Srivastavaのコメントが興味深い。

"In this second wave of AI in music, the creator comes first."

(音楽AIの第二の波において、クリエイターが最初だ)

「第二の波」という言葉が使われている。第一の波がSunoやUdioの登場、あるいはAIが「曲を生成できる」という事実の確立だとすれば、第二の波は何か——Srivastavaの言葉を借りれば、それは「責任ある設計」から始まる製品の時代だ。

一方ElevenLabsのCEO Mati Staniszewskiは「スタジオグレードの音声を制作ワークフローに直接組み込む」と述べた。ElevenLabsが5月26日にリリースしたMusic v2(インペインティング・セクション構築・APIの最大50%値下げを含む)は、この提携の技術的背景としてちょうど重なる。


なぜこれが重要か

Spliceはここ半年で、立て続けに動いている。

  • 2025年12月:Universal Music Groupと「次世代AI音楽制作ツール」共同開発で提携
  • 2026年1月:AIボイスプロダクションプラットフォーム「Kits AI」を買収
  • 2026年4月:AI生成ツール「Variations」「Craft」「Magic Fit」をリリース。これらはサンプル素材がAI生成に使われた際、元のサンプルクリエイターに報酬が支払われる仕組みを組み込んでいる
  • 2026年5月:ElevenLabs提携を発表

この動きを並べてみると、Spliceが「サンプルライブラリ」から「AI音楽制作エコシステム」へと静かに変貌しようとしていることが見えてくる。

SunoやUdioが「プロンプトを打ち込めば曲が出てくる」という入口を開いたとすれば、Spliceが狙っているのは別の場所だ。それはすでに音楽制作をしている人間のワークフローの中に、AIを溶け込ませることだ。

300万を超えるライセンス済みサンプルという資産は、単なるカタログではない。それはAIが「参照できる素材」の集積でもある。ElevenLabsのモデルとこのカタログが組み合わさったとき、何ができるのか——まだ製品は出ていないが、方向性は示されている。


論点・異なる見方

「クリエイター優先」の報酬モデルは機能するか

Spliceが4月にリリースしたAIツールは、サンプルがAI生成に使われると元のクリエイターに報酬が入る仕組みを採用している。これはコンセプトとして筋が通っている。だが規模が拡大したとき——何百万件もの生成が行われるとき——この仕組みが経済的に持続可能かどうかは、まだ実証されていない。

ElevenLabsのMusic v2は「ライセンス済みデータのみで学習」と主張しているが、SpliceのカタログとElevenLabsのモデルをどう組み合わせるかによって、そのカタログ提供者への分配ロジックは複雑になりうる。

プロへの訴求と「一般人向け」との分断

SunoやUdioが最初に動かしたのは、音楽制作経験がない人たちだった。「文章を打ったら曲になる」という体験は、それまで音楽を作ったことがない人の扉を開いた。

Spliceのアプローチはほぼ逆で、すでに音楽を作っている人を対象にしている。このセグメントはより小さいが、より深い関与を持ち、より商業的な文脈でツールを使う。それは「AI音楽の民主化」というナラティブとは少し違う話だ。

ElevenLabsにとっての意味

ElevenLabsは2026年2月に$500Mのシリーズ D を調達(企業価値110億ドル)し、直近では年間収益が5億ドルを超えたと発表した。今年は複数の提携と製品リリースが続いている。Spliceとの提携はその中のひとつだが、ElevenLabsがSpliceというプロ向けの流通チャネルを手に入れることの意味は小さくない——音楽生成AIの競合(SunoやUdio)が持っていないルートだ。


今後どう展開しそうか

製品リリースは「今年後半」とされているので、具体的な姿はまだ見えない。どんな機能として実装されるか、既存のサンプルカタログとどう統合されるかが、評価の分かれ目になるだろう。

Spliceが採用した「サンプルクリエイターへの分配」という報酬モデルが、AI生成と絡み合った際にどういう設計になるかも注目点だ。これが業界モデルとして成立するなら、他のプラットフォームへの波及効果が考えられる。

一方でUMG提携、Kits AI買収、ElevenLabs提携と続いた後、Spliceが何に集中するかという問いも生まれる。選択肢が増えるほど、製品の一貫性を保つことは難しくなる。


作り手・聴き手への示唆

今使っているDAWとサンプルライブラリの関係を考えてみてほしい。Spliceのような存在が「AIモデルを統合した制作環境」になっていくとすれば、それはワークフローの中心に近い場所に変化が来るということだ。

今すぐ何かが変わるわけではない。製品がまだ出ていない。だが「誰と組んでいるか」「何を買収したか」「どんな報酬設計を試みているか」——このあたりを追っておくと、半年後に「なるほどそういうことだったか」という場面が来る可能性がある。


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