Richie Hawtin×Endelの「Deeper Focus」が5年越しのアップデート——500万時間再生されたAI音楽の次の形
テクノのレジェンドRichie HawninとAIスタートアップEndelが2021年に共同制作した適応型サウンドスケープ「Deeper Focus」が、5年越しの新バージョン「Remastered and Reduced」として更新された。累計500万時間以上再生され、ADHDユーザーからも支持を集めてきたこの作品は、AI音楽が「一度作って終わり」ではなく「継続する創造物」になれることを示している。
今週のAI音楽ニュースは法律と契約の話が続いた。Spotify/UMGのリミックス解禁、UMG/TikTokのAI保護条項、No Fakes Act再提出——いずれも業界の「ルール決め」の話だ。
そのノイズの中で、一つ別の種類のニュースが静かに出た。
5月22日、EndelとRichie Hawtin(Plastikman)が共同制作したサウンドスケープ「Deeper Focus」の新バージョン、「Deeper Focus: Remastered and Reduced」がリリースされた。
何が起きたか
2021年に公開された「Deeper Focus」は、テクノのアイコンであるRichie Hawtin(Plastikman名義でも知られる)のサンプルとクリエイティブDNAをもとに、EndelのAIが構築した「適応型サウンドスケープ」だ。聴いている人の活動や状態に合わせてリアルタイムに音楽が変化する仕組みで、固定された「曲」ではなく、つねに生成されている音楽として機能する。
初公開から5年で、500万時間以上再生された。
今回の「Remastered and Reduced」は、その新バージョンだ。「Deeper Study」「Deeper Recovery」「Deeper Sleep」の三つのモードが追加され、リスナーが自分の目的に合わせてより細かく調整できるようになった。EndelのモバイルアプリとMacアプリ、Alexaスキルから利用できる。
EndelのCEOオレグ・スタビツキーは「もともとの目的は集中力の改善だったが、ADHDを持つ多くの人がこのサウンドスケープを使い、本当の支えを見つけてくれた」と述べた。
なぜこれが重要か
500万時間という数字を少し考えてみてほしい。
一般的な3分の楽曲に換算すると、約1億曲分の再生時間だ。「AI音楽は聴かれない」という批判がある中、この作品は実際に、長い時間にわたって人々の生活に入り込んでいた。
しかも、そのリスナーの一部はADHDという具体的な困難を抱えた人たちだった。「集中できない」「音楽を流しても気が散ってしまう」という人々が、この適応型サウンドスケープに実用的な価値を見出したという事実は、AI音楽が単なる技術デモでも、既存音楽の劣化コピーでもないことを示している。
もう一つ重要な点がある。「Deeper Focus」は5年前に作られ、今週アップデートされた。これはAI音楽が「リリースして終わり」ではなく、継続的に更新・改善できる創造物であることを示す。アルバムを再発しリマスタリングするのと同じように、AIサウンドスケープも「生きた作品」として更新される時代になった。
論点・異なる見方
「これは音楽か、それとも機能的なノイズか」
「Deeper Focus」の目的は鑑賞ではなく、集中・回復・睡眠の補助だ。これを「音楽」と呼ぶかどうかは議論が分かれるだろう。一方で、ブライアン・イーノがアンビエント音楽で示したように、「背景に流れる音楽」というジャンル自体はAI以前から存在する。EndelのアプローチはAIによってそれをパーソナライズしたものだとも言える。
「アーティストの関与はどこまでか」
Richie HawtnのクリエイティブDNAが使われているとはいえ、毎回の再生でHawtin本人が何かをしているわけではない。アーティストが関与するのは最初の素材提供とコンセプト設計の段階で、あとはAIが動かしている。これはコラボレーションなのか、素材の提供なのか——その境界線は今後も問われ続けるだろう。
「3ミリオン月間リスナーは大きいのか小さいのか」
Endelは現在3ミリオンの月間リスナーを持つと発表した。Spotifyで言えばミドルクラスのアーティスト程度の規模だ。派手な数字ではないが、5年間継続して成長してきた数字でもある。ウェルネスや集中系の音楽という、まだ市場として確立していない領域で積み上げてきた数字として評価すべきかもしれない。
今後どう展開しそうか
Endelは現在、Richie Hawtin以外にもGrimes、James Blake、Miguelとコラボレーションしている。アーティストのクリエイティブな個性をAI適応音楽に取り込むという同社のモデルが、今後どのアーティストを取り込み、どんな文脈で使われるかは注目に値する。
今週の業界ニュースが「AI音楽をどうライセンスするか」「どう規制するか」という話であったとすれば、EndelのモデルはAI音楽が具体的にどう人々の生活に届くかの一例を示している。
もう一つの問いは、アップデートという形式の意味だ。アルバムに「Version 2.0」が出ることは通常ない。だがAI生成音楽は技術の更新と共に改善できる。これは新しい創造の形であり、著作権や収益分配の観点からも、まだ答えが出ていない問いを含んでいる。
作り手・聴き手への示唆
「Deeper Focus: Remastered and Reduced」は、AI音楽を「作る」人よりも「使う」人に向けた話だ。集中したい、眠れない、疲れを取りたい——そういう具体的な目的のために音楽を使う人に届いてきた5年間の話でもある。
AI音楽を作っている人に対して言えることがあるとすれば、こうだ——聴衆の問題を解くことを起点に音楽を作ることは、AI音楽が持つ可能性の一つだ。EndelとHawtnのコラボレーションが500万時間再生されたのは、それが「面白かった」からではなく「役に立った」からだ。それをアーティストとしてどう評価するかは人それぞれだが、一つの成立したアプローチとして記録しておく価値はある。
ソース
- Music Ally: https://musically.com/2026/05/22/endel-and-richie-hawtins-deeper-focus-gets-remastered-and-reduced/
- Endel公式(Deeper Focus Remastered and Reduced): https://deeper.endel.io/
- Music Ally(2021年のオリジナル版紹介): https://musically.com/2021/04/27/plastikman-and-endel-talk-ai-music-this-is-uncharted-territory/