イギリスのシンガーソングライターRAYEが、10月23日にロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで開催するオーケストラ公演の先行販売に、前例のない規模のAIボット攻撃があったと発表した。

何が起きたか

公演「This Symphony May Contain Hope」は5,000席のキャパシティだが、ファン向けプレセール登録ページには180万件の申し込みが集まった。RAYEはInstagramとXへの投稿で、「登録の数十万件はスキャルパー(転売業者)がAIボットを使って作成した偽のものだった」と説明した。

「今、私たちは新しい世界を生きている。これほどの規模のボットは見たことがない」 — RAYE

登録窓口を担当したファンマーケティングプラットフォーム「co:brand」のページは月曜日(10月12日)に締め切られたが、RAYEのチームは偽登録の問題を受け、「本物のファンだと思われる人々をリストアップするため、登録リストを手動で確認する」という対応を選んだ。

先行販売の開始は2時間遅れ、ロイヤル・アルバート・ホールの公式サイトには先行販売開始時に500万件のアクセスが集中。ファンが45分間チケットを購入できない事態となり、会場側は「緊急調査」を実施したと音楽業界メディアIQが報じている。

一般販売は10月15日(木)午前10時に開始予定。

なぜこれが重要か

このケースは、AIが音楽業界に与える影響の「もう一つの顔」を示している。AI音楽生成の話題が続くなか、AIはアーティストと聴衆をつなぐ場——ライブチケットの入手プロセスそのもの——を侵食し始めている。

RAYEはメジャーレーベルを離れてThe Orchardを通じて独自流通を続けるアーティストだ。彼女の公演は大手プロモーターが介在するスタジアムツアーではなく、小規模・高密度な特別公演。それでも180万件という数字が集まるのは、AIボットが「人気のある公演ならどこでも」機能することを意味する。

論点・異なる見方

AIボットによるチケット転売問題はRAYEが最初ではないし、AI登場以前から続く問題でもある。しかし規模感が変わってきた。

転売対策の観点からは、手動審査というRAYEチームの対応は「正直」だが、スケールしない解決策だ。18万件ならともかく、180万件の手動レビューはどこまで正確か、という疑問は残る。

一方、チケット会社・プラットフォーム側にとってはAIボット対策への投資を迫られる文脈でもある。本人確認連動、動的CAPTCHA、購入後本人照合——いずれも技術・コストの面で課題がある。

RAYEが「私とチームは今後のために真剣に考える」と書いたことは、個人アーティストが構造的な問題に向き合わざるを得ない現実を示している。

今後どう展開しそうか

今回の件はイギリスのチケット法制論議を再燃させる可能性がある。IQによれば、業界からは「英国のチケット規制の強化を求める声が高まった」という。AI生成コンテンツの規制議論と並行して、AIを使ったボット問題への法的対処も遠くない課題となりそうだ。

ただしAIボットそのものを法律で「禁止」しても、技術的な攻防は終わらない。根本的には、チケットを人ではなくボットが取れなくなる仕組みの構築がカギになる。

作り手・聴き手への示唆

「先行販売に登録したのに当たらなかった」という経験は多くのファンにとって馴染み深い。その背後にAIボットがいると知ることで、怒りの矛先は変わるかもしれない。しかしアーティスト側だけの問題でもない。

RAYEの公演がどれだけ価値ある体験であるかは、5,000席に180万件が集まったことが示している。AIボットはその価値を「嗅ぎつける」だけの能力を持っている。技術的な問題が、音楽体験の民主性に直接触れ始めている。


Source: Music Business Worldwide / IQ Magazine