オハイオ州の法廷で、奇妙な数分間があった。

9月25日、元American Idol出演者のCaleb Flynn(40)の殺人裁判で、検察側は2曲のAI音楽ファイルを証拠として提出し、法廷で再生した。曲は彼の不倫相手に向けて作られたラブソングだ。再生中、陪審員も傍聴人も被害者の家族も、笑いをこらえるのに苦労した。裁判官は演奏が終わるや否や「今日はここまでにします」と告げた。

誰かの命をめぐる裁判の場で、AIラブソングが流れた。

何が起きたか

Flynnは今年2月、妻のAshley Flynn(37)をオハイオ州の自宅で射殺したとして起訴されている。Ashleyは2児の母で、地元の学校教師だった。検察は彼が数年間にわたり不倫関係にあった24歳の女性Alleigha Botnerのために犯行に及んだとみている。

捜査の過程で、デジタルフォレンジクス捜査員のJoseph Wilhelmが法廷で証言した。CellebriteとGrayKeyのMagnetツールを使い、FlynnのiPhoneを解析してフルファイルシステムを取得した。そこから出てきたのが、2つのAIオーディオファイルと、NotesアプリにまとめられたAIラブソングの歌詞だった。

「AIによって生成されたと思われるオーディオファイルが、Flynn被告の不倫相手との関係に関連して見つかりました」とWilhelmは述べた。「一方は明るい悲しい曲とでも言うべきもので、もう一方は暗い悲しい曲です。音楽の専門家ではないので、おそらく片方が長調で片方が短調だと思います」

ElevenLabsを「ボイス変換」に使った

Flynn自身はテキストメッセージで、Botnerにこう説明している。

「ElevenLabsというソフトウェアを持っていて、ピアノで弾いた曲をコンピューターのマイクで録音して送ると、AIの声を選んで上手に歌わせることができる」

彼の説明によると、歌詞も曲も自分で書き、スクラッチ録音したものをElevenLabsに通したというのが実態だ。「AIが作った曲」というより「自作曲のAIボーカル版」と彼は主張している。仕上がりについては「アウトロが思ったとおりにならなかったし、ボーカルも完全には気に入らない。少しロックっぽくなりすぎた。でもメロディーは合っている。感情を込めて歌ったら、AIが少し極端にやりすぎた」とも書いていた。

法廷に流れたその曲には、こんな歌詞が含まれていた。

"Circumstances spoke louder than hearts ever could"

"If somewhere you feel this, if somewhere you're whole, know that you still own every piece of my soul"

"Said love's not that clean. But age never mattered when it was you and me"

裁判でFlynnを見ていたGizmodoの記者はこう書いた——「呪われたお守りを失ったばかりの人間のような顔をしていた」。

AIツールの痕跡そのものが証拠になった

この事件が持つ別の側面がある。Wilhelmの証言によれば、捜査でわかった事実のひとつに「Flynn被告が、妻の死亡日の数日前に、iPhoneから『AI music song generator』というアプリを削除していた」という点がある。

削除の理由は明らかでないが、検察の文脈では不自然な行動として提示されている。AIツールの使用履歴そのものが、犯行前後の行動を示す要素として扱われた。

捜査チームはこのほか、Oura RingからFlynnの睡眠データ、Apple Watchから心拍数データ、AirPodsの接続・切断ログ、携帯の位置情報なども取得している。スマートデバイスが日常に溶け込んだ現在、人の行動の詳細な記録がフォレンジクスの素材になる。

AI音楽・AI声の新しい文脈

これはAI音楽ニュースとして珍しい事件だ。通常このメディアが扱うのは、ツールの機能更新、業界交渉、著作権訴訟、チャート規制といった「産業」の話だ。しかし今回起きたのは、ごく個人的な感情表現にElevenLabsが使われ、それが法廷証拠になったという話である。

AIボーカル生成は現時点で「自分が歌えない曲をそれらしく歌わせる」という個人ユースにも広まりつつある。ElevenLabsはかつてクローン音声の問題で批判を受けてきたが、Flynn事件における使われ方は「本人の声をクローンするのではなく、AI標準ボイスに自作曲を歌わせる」というものだ。

「AI music song generator」アプリの削除という行為もある。AIを感情や記録の道具として使うことが当たり前になった先で、その使用履歴と削除行為が法的な意味を持ち始める。これも2026年という時代の一断面だ。

Flynnの裁判は現在も進行中だ。有罪か無罪かの判断は陪審員が下す。ただ、あの法廷で数分間流れたAIラブソングは、多くの人が笑いをこらえながら聴いた事実とともに、おそらく長く記憶される出来事になる。


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