9月8日、Futurismが報じた一本の動画が、AI音楽の「見えない問題」を可視化した。

「Eminem Pulse」というチャンネルに投稿された「I'm Back(Music Video)」——エミネムの同名曲(2000年)と同じタイトルを持つこのAI生成トラックは、公開からわずか8日で12万回を超える再生を記録した。YouTubeの検索で「Eminem」と入力すると、"Superman"や"Shake That"といった本物の楽曲より上位に表示されることもあった、とFuturismは伝えている。

動画ページのどこにも、AIが作ったとは書いていない。

何が起きたか

制作者はMilana Salaevaと名乗る音楽プロデューサー。Futurismの取材にメールで回答し、「公式リリースのように見せるつもりはなかった。ディスクリプションにファン制作と書いた」と述べた。AIはあくまで制作ツールのひとつだという。

ただし、その説明書きは目立たない場所にあった。タイトルは「Eminem — I'm Back (Music Video)」、タグは「#Eminem #Rapmusic #HipHop」。著作権侵害・削除依頼用のメールアドレスが記載されていたことから、運営者自身もテイクダウンを想定していたことが伺える。

同じメールアドレスは、Meek Mill(登録者1万3,000人以上)や21 Savageを名乗る別チャンネルにも紐づいていた。Eminem Pulseには38本の動画が並んでいる。一本ではなく、一つの「供給構造」だ。

なぜこれが重要か

YouTubeはAI生成コンテンツへのラベル表示義務を設けているが、実際にラベルが付いていたのはこのチャンネルの一部の動画だけだった。ラベル付与はアップロード者の申告に依存する部分が大きく、申告しなければ通ってしまう——今回のケースはその抜け穴をはっきり示している。

コメント欄では「火を吹いてる、やっぱエミネムは神」「誇りに思う!」という反応が並んだ。AI生成音楽がここまで声の模倣精度を上げた今、聴いただけで判断するのは難しい。ビートの安さや歌詞の破綻は手がかりになるが、それに気づく人ばかりではない。

論点

この問題にはいくつかの立場がある。

プラットフォーム側から見れば、検出・ラベル付与の自動化はまだ不完全で、申告ベースの仕組みに依存せざるを得ない現状がある。

権利者側は、声のトレードマーク化(ライオネル・リッチー訴訟など)や、No Fakes Act(米上院で可決済み)による法的対応を進めている段階だ。

制作者側からは「ファンアートやトリビュートとの境界をどこに引くのか」という問いが常に出てくる。Salaevaの言い分は、多くのAI音楽クリエイターが使う論理と重なる。

どこに悪意があって、どこにないのか——この問いへの答えは、一本の動画を見るだけでは出ない。

今後の展開

Eminem側(エイトマイル・スタイルおよびUniversal Music)が何らかのアクションを取るかどうかは現時点では不明だ。YouTubeのContent IDが機能すれば収益はキャプチャされる可能性があるが、チャンネルそのものが消えるかは別の話だ。

より根本的な問いは、「誰かの声で作った音楽を、その人の名前で公開する」行為をプラットフォームがどう扱うか、だ。ラベルの義務化だけでは追いつかない量が、今この瞬間もアップロードされ続けている。

作り手・聴き手への示唆

AI音楽コミュニティにとって、この件が「対岸の火事」で終わらない理由がある。声の無断使用は権利問題である前に、「作者が誰か」という信頼の問題だ。AI音楽が文化として根を張るには、そのコミュニティ自身が発信元の透明性を重視する規範を育てていく必要がある。

誰が作ったかを隠すことと、AIを使って作ることは、本来まったく別の話のはずだ。


Source: Futurism — "Someone AI-Generated a Completely Fake Eminem Song That's Already Gotten 120,000 Views on YouTube"(2026-09-08)

関連報道: AI Music Preneur(2026-09-08)