「AIは個性を模倣してはいけない」——インドネシアが著作権法に刻もうとしている一線
インドネシアが著作権法を全面改正する草案を検討中だ。AIによる「独自スタイルの模倣」を禁じ、AI生成コンテンツへの表示義務や、AIトレーニングへの著作物利用に許諾を求める内容で、東南アジア初のAI明記著作権法となる。Googleは反発している。
インドネシアが著作権法の抜本的な改正を進めている。注目すべきは一文だ——AIが制作者の「独自のスタイル」を模倣することを禁止する条項。
それが実現すれば、東南アジアで初めてAIを法律に明記した著作権法となる。
何が起きているか
ロイター通信が7月17日に報じたドラフト案によれば、新たな著作権法はいくつかの重要な規定を含んでいる。
- AIによる「独自スタイル」の模倣を禁止
- AI生成コンテンツへの表示義務(ディスクロージャー)
- AIのトレーニングへの著作物利用に公正利用の基準または許諾契約を適用
- プラットフォームがニュースを集約・転載・プレビューする行為、およびそれをAIのトレーニングに使う場合に補償金の支払いを義務付け(国家監督下の集中管理団体経由)
- 違反したプラットフォームは、国内の営業許可を取り消す制裁
現行のインドネシア著作権法(Law No. 28 of 2014)を全面的に置き換える内容で、音楽に限らずゲーム、写真、ジャーナリズム、映画も対象となる。
ドラフトを確認したインドネシア知的財産局(DJKI)局長のヘルマンシャー・シレガール氏は、「生成AIは著作権の枠組みを混乱させた。規制なしには人間の創造行為を殺しかねない」と述べた。
なお、ドラフトには「どの程度の人間関与があれば著作権が認められるか」が明確に定義されていない。AIと人間のコラボレーションが日常になったいま、その線引きがどこに引かれるかで実際の影響は大きく変わる。
音楽業界にとって何が変わるか
この改正案の中で、音楽業界が最も注目すべきは「スタイルの模倣禁止」だ。
声や演奏スタイルのクローニングは、AI音楽シーンでここ数年の最大の論争点だった。楽曲の著作権は保護されていても、「スタイル」や「声質」自体は従来の著作権法では保護されない——これが多くのアーティストが抱えてきた空白だ。
インドネシアの改正案は、その空白を「独自のスタイルを模倣してはならない」という文言で直接塞ごうとしている。法的な抜け穴だったものを、明文化された禁止事項にする試みだ。
どんな対立があるか
改正案に最も声高に反対しているのはGoogleだ。同社は「硬直的で過度に広い規制は、地元のクリエイターを傷つけ、イノベーションを遅らせ、インドネシアを国際的な例外国にし、結果としてデジタル経済に必要な投資を遠ざける」と声明を出している。
インドネシアのIP専門弁護士アリ・ジュリアノ・ゲマ氏は、商業目的のAI利用と研究目的のAI利用が同一視されている点が問題になる可能性を指摘する。
一方、創作者側から見れば、これは長く求めてきた保護だ。とりわけ東南アジアでは、スタイルクローニングによる被害を受けても既存の法律では対処しにくかった状況がある。この対立は「AIが経済成長を促進する」vs.「規制なしでは人間の創造行為が侵食される」という、AI全般をめぐる構図の縮図でもある。
今後どう展開しそうか
法案はまだドラフト段階で、成立には議会審議が必要だ。Googleをはじめとする米テック企業のロビー活動によって「スタイル模倣禁止」の条項がどこまで残るか、あるいは変容するかが当面の焦点になる。
法案が成立した場合、他の東南アジア諸国への波及効果も注目される。インドネシアは人口2億7千万を超える大市場であり、各国のデジタル政策立案者が参照する事例になる可能性がある。
作り手・聴き手への示唆
「スタイルを真似る」ことは、音楽の歴史そのものでもある。既存のアーティストのスタイルを参照しながら自分の音楽を作ることは、AIに限った話ではない。
インドネシアの改正案が問うているのは、「AIによる模倣」をどこで線引きするかだ。その答えはまだ誰も持っていない——それがこの草案の「人間関与の定義が未定」という空白に正直に表れている。
AIで音楽を作っている人も、聴いている人も、この議論は他人事ではない。あなたが使うツールが「誰かのスタイルを模倣している」可能性は、ゼロではないから。