7月初旬、イタリアのテック企業Replyが主催する第2回「AI Music Contest」の優勝者が発表された。勝者はイタリア人DJ・Ciauru(本名:Simone Privitera)。作品名は「Raw Botanical Data」。使ったのはKrea.ai、SeeDance、Higgsfield──いずれもAIツールだ。

そして彼は言った。「AIは危険でも障壁でもない。今回の場合、私はそれを創造的に使った。すべては人間の手から始まり、90%の作業は人間が導いた」。

何が起きたか

Replyは1,400件を超えるエントリーの中からファイナリストを選出。今回のコンテストには珍しい条件が設けられていた。通常のオンライン投票ではなく、ファイナリストたちはトリノで開催された電子音楽フェス「Kappa FuturFestival」のステージでライブパフォーマンスを披露しなければならなかった。

優勝作「Raw Botanical Data」は、映像素材をAIで変換し、「不可能な動き、再帰的な空間構造、不安定なテクスチャ」へと変容させる視覚×音楽の表現だ。Ciauru自身はAIを音楽制作と映像パフォーマンスの双方に活用してきたDJ・プロデューサーで、AI音楽シーンには以前から関わってきた。

イノベーション賞はドイツのデュオParaframeとAvis Voxが受賞。こちらも視覚と音楽を融合したAIパフォーマンスが評価された。

なぜこれが面白いのか

このコンテストの設計には、いくつか注目すべき点がある。

まず「ライブ」を条件にしたこと。AIで生成した音楽やビジュアルをステージで届けるという前提は、「AI音楽=スタジオ完結」という通念を崩す。ステージに立てるかどうか、観客の前で何かを起こせるかどうか──それが評価の一部になっている。

次に、受賞者の語り方だ。Ciaruuは「AIが作った」とは言わず、「人間が90%を導いた」と言った。これは意識的な言葉の選択だろう。AI音楽をめぐる議論では、しばしば「人間がどこまで関与しているか」が創造性の指標として扱われる。彼の言葉はその問いへの自分なりの回答であり、同時にポジション表明でもある。

論点──何を競っているのか

AI音楽コンテストが各地で増えている。だが、何を競うのかはまだ定まっていない。

技術的な独創性か?感情的なインパクトか?人間の関与の深さか?今回Replyがどんな審査基準を設けていたかは公開情報からは確認できないが、1,400件を超えるエントリーという規模は、「AIを音楽・映像制作に使う人口」が一定の厚みを持ち始めていることを示している。

批判的な見方もある。「人間がAIを使った」と「AIが人間の代わりに作った」は異なるが、簡単に混同される。コンテストが「AIツール使用」を条件とする以上、評価軸が曖昧なままでは「うまくプロンプトを書いた人」が勝つ場になりかねない。Ciaruuが優勝したことは正当だとしても、その評価プロセスが透明でないと、結果だけが独り歩きする。

Ciaruuの言葉が残すもの

「人間の手が90%導いた」という言い方は、一種の誠実さを持つ。「AIに作ってもらった」とも「AIは添え物に過ぎない」とも言わず、具体的な割合と主体を示す。

AI音楽シーンにとって今、必要なのはそういう語り口かもしれない。ツールの存在を透明化しつつ、「何を選び、何を形にしたか」という意志を見せる言葉。Ciaruuのコメントは短いが、その構造を持っている。AI音楽を語るとき、過剰な自己弁護にも過剰な謙遜にも寄らない──そういうスタンスが、これから問われ続けるだろう。


Source: Music Ally, July 7, 2026