「音楽を殺すな」――アルバニージー豪首相の「推しバンド」がAI著作権取引に反旗
ビッグテック各社がオーストラリア政府に対して5兆円超のデータセンター投資と引き換えに著作権法の緩和を求める取引を提示。アルバニージー首相の「推しバンド」を含む著名ミュージシャンたちが首相に直接訴えている。
音楽好きで知られるアンソニー・アルバニージー豪首相のもとに、彼が愛聴してきたバンドから異例の訴えが届いた。Powderfinger、The Go-Betweens、Spiderbait――いずれもアルバニージーが自身のプレイリストや公式の場で繰り返し名前を挙げてきたアーティストたちだ。彼らは今、首相に「正しいことをしてほしい」と求めている。
何が起きたか
Guardian Australiaが報じたところによると、AI企業を含むテック業界の代表者から、オーストラリア内閣に対して提案が提示された。内容は以下のとおりだ。
- ビッグテック各社が500億豪ドル(約5兆円)超のデータセンター投資をオーストラリアに行う
- その代わりに、AIのトレーニングを目的としたコンテンツのスクレイピングを許可する「テキスト・データマイニング適用除外」を著作権法に盛り込む
- クリエイターへの補償として年間3億5000万豪ドルの基金を設立する
上院議員デヴィッド・ポコック(無所属)はこの取引を「究極の汚いディール(ultimate dirty deal)」と呼び、政府に明確な拒否を求める演説を議会で行った。「オーストラリアのミュージシャン、作家、その他のクリエイターを売り渡し、AIデータセンターへの目の眩むような大規模投資と引き換えにするものだ」と批判した。
アルバニージー政府は「著作権保護を弱める計画はない」と繰り返しているが、首相は7月中旬にAIに関する「重要なスピーチ」を予定していることを認めている。この発表の前後に何らかの政策が示される可能性がある。
アーティストたちの声
The Guardianは、アルバニージーが特に愛聴してきたバンドのメンバーに直接コメントを求めた。
Bernard Fanning(Powderfinger)はこう述べた。「権利を一部でも全部でも放棄することは、オーストラリアのアーティストを著しく不利な立場に置く。少なくとも、このひどい話から外れる法的な権利を確実に持てるようにすべきだ。アンソニー・アルバニージーよ、どうか正しいことをしてほしい」
Lindy Morrison(The Go-Betweens)は「AIが私たちの曲を95曲サンプリングしていることは知っている。帰属も報酬もなしに利用されたなら、怒りを感じるだろう」と語り、技術の変化に対応する新しい法律の必要性を訴えた。
Janet English(Spiderbait)は「私たちの人生をかけた仕事が盗まれた。同意もなく、補償もなく、ただ持ち去られた。農場に踏み込んで作物を盗むようなものだ」と言葉を絞り出した。
なぜ重要か
オーストラリアはすでに「学習データとして使われていた」という局面を過ぎている。6月下旬にはThe Atlanticの調査で、Nick Cave、Kylie Minogue、Powderfingerら豪ミュージシャンの楽曲が大量にAIトレーニングデータセットに収録されていたことが判明した(既報)。
今回の「取引」が通れば、それが事後的に正当化されるだけでなく、今後のスクレイピングも合法化される。業界側が「投資と補償」をセットにすることで正当性を演出しているが、個々のアーティストが同意や選択をする余地はどこにもない。
ポコック議員が問題視しているのもその点だ。三億五千万豪ドルの基金が誰にどう分配されるか、その設計次第では大手レーベル寄りの仕組みになる可能性もある。
注目すべき点
首相の「音楽への愛」が今回の騒動を独特にしている。アルバニージーは過去に外交の場でPowderfingerのレコードをプレゼントし、Rage(テレビ番組)のゲストDJとしてThe Go-Betweensをかけたこともある。その彼の「推しバンド」が今、著作権を守るよう直接訴えているのだ。
政治的なロビー活動とは異なる、個人への問いかけとして届いているこのメッセージが、7月中旬のスピーチにどう影響するかは現時点では不明だ。
今後の見通し
アルバニージー政府が7月中旬に発表するとされるAI政策が焦点になる。テキスト・データマイニング適用除外を含む内容であれば、業界・クリエイター双方からの反発は避けられない。含まない形で発表されたとしても、テック企業側との交渉がどう続くかは不透明だ。
オーストラリアの動向は他の国にとっても前例となりうる。「投資と引き換えに権利を緩和する」という枠組みは、日本を含む各国でも同様の交渉が起きた場合のテンプレートになりかねない。
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