AI音楽とレガシーをめぐる議論は、これまでほとんど「無断使用」の文脈で語られてきた。ソニーやユニバーサルが提訴し、アーティストが声明を出し、ファンが怒る——そのパターンが繰り返された。

今回の話は、その文脈とは少し違う。


何が起きたか

2026年6月24日、インドのメディア・テクノロジー企業Eros Innovationは、AI搭載の音楽プラットフォームEros Music Worldsを発表した。

プラットフォームの核となるのは、同社が「世界初の大規模文化モデル」と呼ぶEros LCM(Large Cultural Model)。ボリウッド映画の感情文法や文化的文脈を学習させた独自モデルで、汎用LLMとは異なり、インド映画が持つ固有のキャラクター表現・音楽的慣習を出発点に設計されているという。

この基盤の上に立ち上げるのが、7人のAIネイティブアーティストだ。いずれも既存のErosキャラクターから派生した、いわば「フィクションから生まれた実存」的な存在である。

現時点で公開されているのは:

  • Jordan:オルタナティブロック、反抗的な青年文化を体現
  • Tanu:ボリウッドポップ、Z世代のロマンスと自由をテーマ
  • Munna:ラップ、ムンバイの路地裏文化とボリウッド要素の融合
  • Langda Tyagi:ダークフォーク、北インドの音楽的伝統とラップを重ねた存在
  • Mudit:インディーポップ、都市的なストーリーテリング

残り2人は順次発表予定。JordanとTanuのパフォーマンス映像はすでにEros公式チャンネルで公開されている。初アルバムのリリースは2026年7月31日を予定している。


モハメド・ラフィとの「同意に基づく」パートナーシップ

もう一つの柱が、伝説的なプレイバック・シンガー、モハメド・ラフィの遺族との永続的パートナーシップだ。

ラフィは1980年に死去したボリウッドの象徴的人物。「Awaara Hoon」や「Teri Galiyon Mein」など数多くの名曲を残し、インドの音楽史において不可欠な存在として語られる。

今回のパートナーシップは3つの柱で構成される。

  1. Eros LCMプラットフォームを通じた新曲の制作・録音
  2. ABBAの「ABBA Voyage」を参考にした常設コンサート体験の開発
  3. Mohammed Rafi Academyの設立

息子のShahid Rafiはこう述べた。

「父の音楽を新しい世代のためにステージに戻すことは、私たちが慎重に検討してきたことだ。尊重と適切な同意に基づくこのパートナーシップは、彼が誰であったか、何を与えたかを尊重するものだ」


なぜこれが重要か

このニュースが持つ意味は、複数の層に分かれている。

第一に、「同意ベース」という設計の珍しさ。 AI音楽をめぐる業界ニュースの多くは、許諾なき学習データの使用や、アーティストの声の無断複製に関する争いだった。遺族が関与し、正式な合意のもとにパートナーシップを組む事例は、まだ少ない。SZAとDiploをめぐる騒動(2026年6月)に象徴される「無断使用への怒り」とは、構造が異なる。

第二に、「文化固有のAI」という視点。 Eros LCMが掲げるのは、汎用AIでインド文化を処理するのではなく、インド映画の文脈そのものでモデルを構築するという思想だ。音楽と文化の結びつきが強い地域において、この方向性は今後も問われていく問いを先取りしている。

第三に、インド市場の存在感。 ボリウッド音楽の市場規模と、ラフィのような伝説的人物が持つ影響力を考えると、この動きは単なる一企業の話にとどまらない。インドにおける「AIと音楽のレガシー」という問いが、国際的な射程を持ち始めている。


論点——「同意」は誰のものか

ただ、無条件に称えられる話でもない。

遺族が「同意」しているとはいえ、本人の意思は確認できない。ラフィ本人がAIによる自分の声の再構築を望んでいたかどうか、知る術はない。家族が善意で行動しているとしても、それが故人の意思を代表するとは言えない——この問いは、No Fakes Act(米国議会で可決)が問い直した「デジタルレプリカへの同意」の問題と重なる。

また、7人のAIネイティブアーティストが「キャラクター」であることも注目に値する。これは「生身の人間がAIに取って代わられる」話ではなく、フィクションのキャラクターが音楽を持つという話だ。ABBA Voyageのようなホログラムコンサートとも異なり、「アーティストとして存在する」ことから始まっている。これを「アーティスト」と呼ぶことへの違和感を持つ人もいるだろうし、逆に、最初から実在しないことの倫理的クリーンさを評価する人もいるだろう。


今後どう展開しそうか

短期的には7月31日の初アルバムリリースが注目点になる。どんなクオリティで、どんな反応が生まれるかが、AIネイティブアーティスト路線の実力を測る最初の試金石になるだろう。

中期的には、ABBAスタイルのコンサート体験——つまりモハメド・ラフィの「AIライブ」——の実現がどの段階で来るかが焦点だ。技術的なハードルよりも、インド国内の観客がこれをどう受け取るか、文化的な評価が問われる。

Eros Worldsがインド以外の市場、たとえば中東や東南アジアのディアスポラ市場に展開を図るかどうかも、見ていく価値がある。


作り手・聴き手への示唆

「同意があれば何でも許されるか」という問いは、これからも問い続けられる。ただ、「同意なき使用」が常態化した状況の中で、「同意を設計の中心に置く」事例が出てきたことは、一つの参照点になる。

AIネイティブアーティストという概念も、今後はさらに広がるだろう。「生きていない」ことは、アーティストとして存在する上での障壁ではなくなりつつある——少なくとも、そう考える人たちがプロダクトを作り始めている。

それを音楽と呼ぶかどうかは、聴いた人が決めることだ。


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