イーロン・マスク率いるX Corp.が、音楽出版社連合の著作権訴訟に対して棄却申請を行った。今年3月の米最高裁判決を盾に、「この訴訟は成立しない」と主張するためだ。

Music Business Worldwideの報道によると、XはテネシーD連邦地裁に対して2026年6月11日付で棄却申請(motion to dismiss)を提出した。その根拠となるのが、2026年3月25日に最高裁が全員一致で下したCox Communications, Inc. v. Sony Music Entertainment判決だ。


何が起きたか

この訴訟の始まりは2023年6月にさかのぼる。全米音楽出版協会(NMPA)を中心とした音楽出版社連合が、当時はまだTwitterだったXに対して「プラットフォーム上での著作権侵害が蔓延している」として2億5000万ドル超の損害賠償を請求した。

訴訟は紆余曲折をたどる。2024年3月、担当のアレタ・トロガー判事は「直接侵害」と「代位侵害」の主張を棄却する一方、「寄与侵害(contributory infringement)」の主張については3つの具体的行為をめぐって存続を認めた。2025年には和解交渉が始まったが、決裂。2026年1月にはXが逆にNMPAらを「業界ぐるみの共謀」として独占禁止法で反訴する異例の展開を見せた。

そこへ降ってわいた転機が、2026年3月25日の最高裁判決だった。

Cox Communications対ソニー・ミュージックほか訴訟は、ISP(インターネット接続プロバイダー)のCox Communicationsが、ユーザーによる音楽の無断ダウンロードに加担したとして2018年にレコード会社各社から提訴された件だ。陪審員はCoxに10億ドルの支払いを命じたが、最高裁はその判決をひっくり返した。

クラレンス・トーマス判事が書いた法廷意見はシンプルだ。Coxは「ユーザーの侵害行為を誘引してもおらず、侵害目的に特化したサービスを提供してもいなかった」——だから二次的責任を問えない、と。

Xはこの判決を踏まえ、2026年3月27日に早くも「Cox判決はNMPAの残存請求を無効化する」と裁判所に通告。今回の棄却申請はその正式な手続きだ。

申請書のなかでXは、「Xはいわゆるナップスター的な後継者ではない。何億人もの人々が合法的な目的で日々使う一般的なソーシャルメディアプラットフォームだ」と主張している。


Cox判決が確立した基準とは何か

この判決の核心は、著作権における「二次的責任(secondary liability)」の範囲をぐっと絞り込んだことだ。

最高裁が示した基準は次のとおりだ。権利者がプラットフォームに著作権侵害の二次的責任を問うためには、以下のいずれかを証明しなければならない。

  1. プラットフォームが侵害行為を積極的に誘引(induce)したこと
  2. プラットフォームが侵害目的に特化したサービスを提供していたこと

単純に「侵害が起きていることを知りながら接続を切断しなかった」だけではもはや不十分だ。

RIAA会長のミッチ・グレイジャーはこの判決への失望を表明したが、同時に重要な留保もつけた。「この決定は狭い適用範囲を持つ。侵害物を自らコピー・ホスト・配布・公開したり、こうした活動を管理・誘引したりしていない被告に対する寄与侵害のケースにのみ適用される」と。


AI音楽の著作権訴訟に何が変わるか

ここが核心だ。Cox判決はXにとって有利に働く可能性があるが、SunoやUdioにとってはどうか。

SunoとUdioはそれぞれ、音楽レーベル各社から「大量の楽曲を無断で学習データとして使用した」として提訴されている(2023〜2024年)。これらのケースは著作権の直接侵害の訴えが中心だ。Xが問われた「寄与侵害」とは法的に異なる。

ただし、Cox判決が「誘引かどうか」を問題にするフレームは、Suno/Udoの訴訟にも間接的に影響する可能性がある。

しかしここで重要なのは、グレイジャーが指摘した例外だ。Cox判決の免責は「自らコピーや配布をしていない」事業者を対象にしている。Xはユーザーがアップロードしたコンテンツをホストしているだけで、自らは音楽を「録音」していない。一方でSunoやUdioは、モデルの訓練段階で大量の楽曲を直接取り込んでいる

この違いは決定的かもしれない。

「XはCoxのように中間業者だ。でもSunoは学習のために音楽を吸い上げた——それ自体がコピーだ」というのが、原告側レーベルが取りうる主な反論だ。


出版社側の反論

音楽出版社連合は2026年5月11日、第二修正訴状(Second Amended Complaint)を提出した。新訴状は、Xの行為を「寄与侵害」ではなく「誘引(inducement)」として再構成している——Cox判決が残した例外を突く戦略だ。

Xはこれを「旧訴状の使い回しで、単語を置き換えただけ」として一蹴。とくにイーロン・マスクが書いた「Overzealous DMCA is a plague on humanity(過剰なDMCAは人類への災厄だ)」という投稿を誘引の証拠として引用した点について、「出版社は投稿から『Overzealous(過剰な)』という単語を削除することで恣意的に攻撃的に見せた」と反論している。

原告は最終的に2,000曲以上について、1作品あたり最大15万ドルの法定損害賠償を求めているとされる。


今後どう展開しそうか

法廷意見を読む限り、X側が完全な棄却を勝ち取るのは楽ではないかもしれない。Cox判決は「誘引」を例外として明示した。出版社側はまさにそこを突いてくる。

より興味深いのは、この訴訟の行方が「Cox判決後の著作権エコシステム」の先例として持つ意味だ。

  • Xが棄却を勝ち取れば、「一般的なプラットフォーム」が著作権侵害を知りながら放置しても免責になりうるという前例が強化される
  • 一方、出版社側が「誘引」立証に成功すれば、Cox判決の免責には穴があることが示される

後者の展開は、AI音楽企業にとっても深刻だ。「学習に使った」だけで直接侵害が問えないとしても、誘引論で間接責任を追及される可能性が残るからだ。


作り手・聴き手への示唆

法律の話が続いたが、AI音楽を作っている人にとって最も現実的な意味はこうだ。

現在進行中の著作権訴訟——SunoやUdioに対するもの——は、「誰が何を責任を持つか」という問いを徹底的に掘り下げる過程にある。Cox判決はその地図を書き換えた。ただし書き換え方は「AI企業に有利」とも「不利」とも言えない。むしろ訴訟の設計——何を主張するか、何を証明するか——が今後の決着を左右する。

合法ライセンスを結んで学習データを調達しているAI音楽企業(SunoはWarner Musicとライセンス契約を締結済みとされる)にとっては、この論争は「自分たちとは違う話」になりうる。それが、近年「ライセンスで動く」という動きがAI音楽企業に広がっている理由の一つかもしれない。

法廷の外で事態が解決されていくのか、それとも司法の場で新しい著作権の地図が作られていくのか——2026年後半の大きな見どころになる。


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