ベット・ミドラーがSuno製曲を「文化的ジェノサイド」と批判——IngaRoseをめぐるセレブ論争が問い直すこと
AI音楽プラットフォームSunoで制作されたIngaRoseの「Celebrate Me」がiTunesチャートを席巻する中、ベット・ミドラーが「文化的ジェノサイド」と激しく批判。タイリース・ギブソンは反論し、著名アーティストたちが賛否を表明した。チャートに乗るAI楽曲をめぐる今回の論争は、AI音楽が「コミュニティの外に出た」ことを示す分水嶺かもしれない。
何が起きたか
2026年8月22日、ベット・ミドラーがInstagramに投稿し、AI音楽生成プラットフォームSunoによって制作された楽曲「Celebrate Me」を痛烈に批判した。
「この曲は現在チャートに入っている。AIが生成したものだ」とミドラーは書いた。「それは良い曲だが、録音音楽の歴史が始まって以来、何千人もの人間のアーティストから——あらゆるリフ、あらゆるフレージングのスタイル、声のかすれ、悲しみの音まで——ゼロ補償で盗まれたものを機械が作り、歌った曲だ」。投稿はハッシュタグ #culturalgenocide(文化的ジェノサイド)で締めくくられた。
「Celebrate Me」を歌うのは「IngaRose」という名のAIポップスター。Sunoが育てる新世代のAIアーティストの一人で、SpotifyではIngaRoseとして月間リスナー110万人以上を抱え、同曲は2300万回以上ストリームされている。「Celebrate Me」は2026年4月に米国のiTunesチャートで1位を獲得し、複数の国でもトップに立った。
IngaRoseの公式アカウントは「Human written lyrics(人間が書いた歌詞)」「Real stories(実際の話)」に対してSunoを使ってサウンドを「refined(磨きをかけた)」と説明しており、「Ingrid」という人間の作詞家の実体験に基づくとSpotifyの略歴には記されている。
ミドラーの投稿にタイリース・ギブソン(映画『ワイルド・スピード』シリーズほか、グラミー賞6度ノミネート)がコメントし、真っ向から反論した。「AIはどこにも行かない。文句を言えば言うほど人気が出るだけだ」「この曲に俺は実際に励まされた。人間のアーティストで最後に心に刺さったのはAudra Dayだ。この曲より良い曲を書いて歌える人間のライター・シンガーは誰だ? 文句を言うな……もっと頑張れ」と投稿し、「世界にはHOPEが必要だ」と締めた。
一方、「Unwritten」のナターシャ・ベディングフィールドはミドラーのコメント欄で「Olivia Deanの声が使われているように聴こえる。ひどい」と指摘。インディア・アリーは「チャートに乗っている😮 うんざり」、コメディアンのエイミー・セダリスは「最悪」と反応した。
なぜこれが重要か
「Celebrate Me」がチャートに入ったのは4月の話だ。では、なぜ8月になってベット・ミドラーが取り上げたのか。
それはAI楽曲が「AIコミュニティの外」でも聴かれ、感動させ、チャートを動かすレベルに達したという証左だからだろう。AI音楽についての議論はここ数年、技術オタクや音楽業界関係者の間で行われてきた。しかし「Hocus Pocus」で知られるベテラン女優が自分のInstagramでAI曲に言及し、ファストアンドフュリアスのスターが「この曲に励まされた」と書く——そのこと自体が、AI音楽が別の次元に入ったことを示している。
ミドラーの批判の核にあるのは補償の問題だ。IngaRoseが「人間の作詞家の実話」を元にしているとしても、サウンドを生成したSunoのモデルが何を学習データとしているかは訴訟で争われている最中だ。Natasha Bedingfieldが指摘したように「Olivia Deanの声が聴こえる」という感覚は、学習データの問題として完全に無視できない。
論点・異なる見方
この論争には複数の立場が絡んでいる。
ミドラー側の論点は明確だ。AI音楽生成は人間アーティストの仕事と声と表現を無断で学習データとして使い、補償せずに商業的成功を収めている——これは盗用であり、文化の破壊だ、という主張。多くのアーティストが賛同したのも、自分ごととして感じているからだろう。
ギブソン側の論点も一定の現実を突いている。「Celebrate Me」は実際に何千万もの人に聴かれ、励まし、感動を与えている。聴き手がAIに感動することを否定するのは感情の否定であり、「AI音楽は音楽と呼ぶな」に近い言説になりかねない。人間のアーティストへの「もっと良い曲を書け」という挑発はやりすぎだが、「人がAI曲から感動を得る事実」を切り捨てることはできない。
IngaRoseモデルの複雑さも見逃せない。「人間の作詞家×Sunoのサウンド生成」という分業は、AI音楽の中でも新しいグレーゾーンだ。Suno単独で生成するのとは異なるが、Spotifyで100万リスナーを抱えるバーチャルアーティストとして機能している。このモデルに対して音楽ビジネスや著作権法がどう対応するかは、まだ答えが出ていない。
今後どう展開しそうか
GEMAのSuno判決(7月31日)、Round Hill MusicとAnthropicの10億ドル訴訟(8月19日)など、AI音楽をめぐる法的攻防は激化している。「Celebrate Me」のような楽曲がチャートに入り、セレブが公に言及することで、法的・政治的圧力が高まる可能性がある。
同時に、IngaRoseの「Celebrate Me」がたどった道——バイラルヒット→チャート→セレブ論争——は、今後も繰り返されるパターンになるかもしれない。AI音楽がポップカルチャーの中に取り込まれていくほど、この種の公開論争は増えるだろう。「文化的ジェノサイド」という言葉が何百万人もの人に届いたことの効果と、それに対する反発がどう均衡するかも注目される。
作り手・聴き手への示唆
Sunoで曲を作っている人にとって、今回の論争は「自分のこと」として響くはずだ。IngaRoseのモデル——人間の作詞家がSunoを使う——は多くのAI音楽制作者がすでに実践している形に近い。チャートに乗るほど聴かれることで「文化的ジェノサイド」の担い手と見なされるリスクをどう受け止めるか。
一方で、ギブソンが「この曲に励まされた」と書いたことも事実だ。ツールが何であれ、人が感動した経験は本物だ。AI音楽の価値を否定することと、AI学習データの補償問題を問うことは別の話だ。この二つを混同しない視点が、今後の議論では特に必要になる。