タイ商務省知的財産局(Department of Intellectual Property、以下DIP)は2026年8月13日、生成AIを使った音楽制作についての著作権法上の考え方を公表した。新たな法律の施行ではなく、現行の著作権法(1994年制定)に基づく解釈を示したものだ。

AIを使って既存楽曲のボーカルを差し替えたり、リミックスしたり、その楽曲を参照データとして新曲を生成したりする行為が広く行われている現状を踏まえ、「どこまでが許容されるのか」という問いに対して、DIPとして初めて公式な見解を示した形となる。

何が起きたか

DIPのオラモン・サップタウィータム局長によれば、タイには現時点でAIを個別に規定した著作権条項も、基準となる判例も存在しない。そのため今回は既存の著作権法の原則を適用するかたちで整理が行われた。

核心は「元の作品の重要な要素が残っているかどうか」だ。歌詞、メロディ、音楽的な内容が原曲と識別可能な形で残っており、そこに権利者の許可がない場合、「複製」または「翻案」に該当しうるとDIPは述べている。

例外規定として認められる可能性があるのは、営利目的でない研究・教育目的の利用に限られる。ただしその場合も、著作権者の正当な利益を不当に害さないという条件を満たす必要がある。

また、著作権が切れた楽曲(パブリックドメイン)については原則としてAI利用が可能としつつ、その楽曲の「近年の録音」や「新たな編曲」には別途権利が生じている場合があると注記した。

DIPはすでに、AIを使って無断加工したコンテンツをオンラインで公開した事例について調停を行い、裁判外での合意に至ったケースがあることも明らかにしている。

なぜこれが重要か

タイは東南アジアでも音楽産業が活発な市場であり、また国際条約(ベルヌ条約)の締結国でもある。その知的財産当局が、AIと音楽著作権の関係について初めて公式な考え方を示したことには、地域的な先例としての意味がある。

日本でも、文化庁や内閣府がAIと著作権のガイドライン整備を進めてきたが、具体的な運用基準については依然曖昧な部分が多い。「専用法がなくても現行法で対処できる」というアプローチをタイが先行して示したことは、周辺国の議論にも影響しうる。

論点:法律なき運用で縛ることの是非

評価が分かれるのは、このアプローチの性格そのものだ。

DIPの示した見解は法律ではなく「解釈」であり、法的拘束力は限定的だ。クリエイターや開発者の側からすれば、「何がセーフで何がアウトか」の基準が司法判断に委ねられたままという状況は変わっていない。ある行為が実際に侵害にあたるかどうかは「個別の事実関係に基づいて判断される」としており、現場が求める明確性には程遠い。

一方で、DIPは「AIの利用そのものを否定していない」と明示している。既存の権利を尊重しつつ、許可取得の手続きを経て責任ある利用を推奨するというスタンスは、禁止でも放任でもない「第三の立場」として読める。

今後どう展開しそうか

タイDIPは「専用立法の必要性を認識しつつも、現時点では現行法の解釈で対応する」という方針を取っている。この状況がいつ、どのような形で変わるかは不透明だ。

より実効性のある規制に向けては、立法よりも判例の蓄積が先になる可能性が高い。DIPが引き合いに出した調停事例が今後増え、その結果が司法判断の土台になっていくというルートが現実的だろう。

日本でも著作権法の隣接権改正や文化庁ガイドラインの具体化が議論されているが、「判例なき専用立法よりも、現行法解釈の積み上げ」という東南アジアのアプローチは、立法府が動きにくい状況での一つの現実解として参照されるかもしれない。

作り手・聴き手への示唆

AIを使って好きなアーティストの声で新曲を作ったり、既存曲をリミックスして公開したりする行為は、すでに多くの国で著作権リスクを帯びている。タイDIPの声明は新情報というよりも、「あなたが思っている以上にリスクがある」という確認に近い。

ただし、その確認が公式の言葉として出てきたことには意味がある。曖昧さの陰でグレーゾーンを泳いでいた行為が、少しずつ輪郭を持ち始めている。AIカバーやリミックスが「文化的表現」として認められる道があるとすれば、それはグレーのままでいることではなく、権利処理の仕組みを業界が構築することだろう。


ソース: タイランドハイパーリンクス(タイ DIP 発表の日本語解説)