ボストン交響楽団(BSO)の2026-27シーズンに、少し異質な演目が並んでいる。10月22〜24日、作曲家・発明家のTod Machoverによる新作交響曲「already and not yet」の世界初演だ。曲の中核にあるのはライブAIシステム——演奏中、リアルタイムでオーケストラに働きかける仕組みが組み込まれている。

何が起きたか

BSOはMITメディアラボの学部長でもあるMachoverに新作を委嘱。完成した曲は、各奏者の個性を強調しながら、同時にオーケストラ全体に「意外なつながりと溶け合い」を生み出すライブAIを用いる、と公式サイトに記載されている。指揮はKent Nagano、プログラムにはメンデルスゾーン「ヘブリディーズ序曲」と交響曲第5番《宗教改革》が並ぶ。また、この初演はMITメディアラボ設立40周年を記念する週のイベントの目玉にも位置づけられている。

Machoverは今回の作品についてこう説明している——「民主主義に対する、あり得る、肯定的なビジョン」。

なぜこれが重要か

「AIが演奏者の仕事を奪う」という文脈で語られることが多い中、この委嘱作は逆の方向を向いている。AIを使いながら、その目的が個々の奏者の個性の強調であることは、通常の「効率化」「均一化」といったAI利用とは一線を画す。

音楽評論サイト「Slipped Disc」はこのニュースを紹介しながら「AIが医療から銀行プライバシーまであらゆる領域に侵食する中、多くの人々がそれを雇用の脅威と見ている。これはミュージシャンにとって転換点になるかもしれない」と書いた。懸念は正当だ。しかし、Machoverが選んだのはAIを「個を消すもの」ではなく「個を際立たせるもの」として使う設計だった。

論点・異なる見方

もちろん楽観的に受け取るだけでは不十分だ。クラシック音楽の世界では、AIの介入そのものに対して保守的な見方も根強い。また「個性を強調する」という意図が実際の演奏でどう実現されるのか、初演を聴くまでは評価できない。

一方で、Machoverはこれまで数多くの世界的オーケストラに委嘱作を書き、Yo-Yo MaやJoshua Bellとのコラボレーション、そして音楽と医療の交差点での研究を積み上げてきた人物だ。「技術を使うための技術」とは異なる文脈がある。

さらに言えば、「AIがリアルタイムでオーケストラに関与する」という形式は、楽器や電子音の融合と同様に、作曲の一手法として成立しうる。問題はAIか否かではなく、音楽的に何をしているかだ。

今後どう展開しそうか

初演は10月22〜24日。批評家の反応、そして奏者自身がこのシステムをどう体験したかの証言が、今後の議論の土台になるだろう。「成功」か「失敗」かによって、クラシック音楽界のAI導入をめぐる議論は大きく動く可能性がある。

また、MITメディアラボの40周年という文脈も意味深長だ。テクノロジーと芸術が交わる最前線の研究機関が、このタイミングでAIと音楽のあり方を問う作品を世に出す。

作り手・聴き手への示唆

AIが「個性を消す」という前提が、いつの間にか疑われなくなっていないだろうか。少なくともMachoverは、その前提を問い直す方向で設計した。AIの使い方はひとつではない。

AI音楽ツールの多くが「誰でも手軽に」という方向に向かう中で、「この演奏者だからこそ」を引き出すためにAIを使うという逆の設計思想は、AI音楽を作る側にとっても一度立ち止まって考える価値がある。


Source: Slipped Disc (2026-08-07) / BSO公式 – Oct 22-24 Machover, Mendelssohn